2019年3月2日土曜日
不動産価格は「論理的に合理性がある」か、それとも「感覚的に合理がある」のか。
ぶっちゃけの話ですが、私の買った家は980万円です。
売主は中古の家を買ってリフォームして転売する会社です。土地価格が600万円なので、その会社は、ほぼ土地のみの価格で前の住み主から購入して、200万~300万のリフォームをして売りに出しました。しかし、社会情勢が厳しく、希望の値段で売れなかったので、約80万~180程度のギリギリの利益が残る形で損切りして980万円で売りに出しました。
↑これが論理的に合理性のある価格のしくみです。
でも、いろんな人と話をしているとどうもみんな980万円の家は「怖い」とか「なにか問題があるのでは?」とか、1580万円の家とくらべて、「1580万円の家より劣っているところがあるのだろう」と考えるのです。
その1580万円の家は、売主のローン残金が1580万円あるから「1580万円」という値段がついているだけなのに!
(本来の家の価値、程度の良し悪しとはまったく関係のない数字です)
1580万円よりも、980万円のほうが安いのには、それだけの理由がある。
と多くの人は考えます。
↑これは感覚的に合理的な考え方ですね。
しかし、私からすれば、1580万円もローンが残っているその売主のほうがよっぽど問題だし、それを買わされるほうがよっぽど大問題です。
ちなみに、面白い話があって、僕が家を買ったときに、うちの980万円の話を疑いながら聞いていたある奥さんが、先日こんなことを僕に言ってくれました。
「ねえねえ、去年に言ってた1580万円の家が、値段下がってたね!1480万円になって出てたよ」
と。「やっぱり、1年も売れなかったから値段さげたのかしら」
にこにこしながら話している奥さんでしたが、自分でハッと気付いて笑いだしました。
「なんだそうか!1年たったから、その分ローンを返した分下がったんだ!」
と。
そういうことなんです。奥さん!
こんなふうに、意味がちゃんとわかった人は自分で気付くことなんですが、なかなか人は気付けないものなのです。それが難しい。
モノの値段というのはそういう裏事情がいろいろあるのですが、それを論理的に理解するのは難しいものです。
感覚的に「安いか高いか」ということには、ヒトは敏感なんですがね。
(2011/3/26付 旧ヤフーブログより移動)
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