2018年8月22日水曜日

■【資本主義をハックする 7】 経済的に豊かであるとはどういうことか



 毎度おなじみ、資本主義社会の片隅でひっそりと生きているおぢさんが「どうやれば資本主義をハックして経済的に幸せになれるのか」をまじめに考えるこの企画。


 今回は、「経済的に豊かであるとはどういうことか」について考えます。



 昨今の日本では「生産性を上げる」とか「生産効率をアップさせる」みたいなことが目標のようによく言われますが、これらの言葉は、その定義や意味合いにおいてはかなり


 いい加減


なことばで、眉唾でもあり、気をつけたほうがいい言葉ですね。



 ざっくりくりくりと言えば、これらの「生産性」とは


■ 少子高齢化で労働人口が減るが、GDPをなるべく維持してお金が動く国でありたい


という意味で、 けして


■ 一人あたりの労働コストを減らしつつ、パフォーマンスを上げて楽して稼ぎたい


という意味ではありません。なぜなら、これを追求すると、


一人あたりの給料を上げて、そのことで結果的にGDPが上がる


ということになるので、政府や財界は


「いや、ちょっとそれは違う、それはあまり望んでいない」


という本音になるからです。



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 日本は、アメリカと中国に次いで第三位の「経済大国」だといいますが、一人あたりGDPについては日本よりはるかに


効率がよく、生産性が高い


国はたくさんあるのですが、そこを目指しているわけではないのです。あくまでも


せめて第三位は維持したい


という感じでしょうか。



 そのことの是非や、良し悪しはひとまず脇へ置いておきましょう。


 とりあえず、「経済大国であるということは、一人当たりが豊かであるかどうかではなく、総数において豊かであることを目指しているんだ」ということをここでは押さえておきたいと思います。



 それに対して、世界でも貧困状態にある国はたくさんあります。また経済的に疲弊している国もたくさんあるでしょう。

  そうした国は貧しく、あるいは我々は世界的にみても「豊か」であるとひとまずは言えるのですが、では「豊かであるとはどういうこと」なのでしょうか。



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Aという国でも、肉らしきものや野菜らしきものが流通していて、人々が暮らしを営んでいる。

Bという国でも、同じように肉らしきものや野菜らしきものが流通していて、人々は衣食住を享受しながら暮している。


しかし、Aの国では、平均月収が20万円相当で、Bの国では平均月収が2万円相当だとしましょう。

Aの国が豊かで、Bの国が豊かではないのは、いったいどういうことでしょうか。


 一般的には「そりゃ、Aが経済発展した国で、Bが発展途上にあるからだろう」という答えで片付きます。しかし、どうして


おなじ肉らしきものや、野菜らしきものが流通していて、値段や価値が異なる


のでしょうか。同一賃金、同一労働なんて言葉が理想とされますが、


「同一肉同一価格、同一野菜同一価値」


でもいいはずなのに、実際にはAの国の豚の価格と、Bの国の豚の価格は異なるのです。



 この不思議な現象の答えは、豚さんだけを見ていてはわかりません。Aの国では、農作物、畜産物だけでなく、木工品、機械類、電子部品、あるいは商業サービスなどの多くの商品がたくさんの種類が流通、提供されていて、Bの国では、おそらくですが、Aの国よりも、製作物やサービスの総物量が少ないのです。


 日本ではありとあらゆるものが生産され、流通し、加工され、消費されていますが、発展途上国では、わりと限られた農作物や資源からの生産物が提供されてはいるものの、それ以外の多数の商品は「購入するのみで、生産していない」ことが起きているわけです。


 ということは、「豊かである」ということはまず第一段階として



「よりたくさんの商材が回転していることが、経済発展つまり豊かであることの正体だ」


と言えるでしょう。回転、といいましたが、消費だけが突出しているとダメで、「生産や流通、提供」が多いほうがよいということでもあります。


 その点では、「モノづくり」が強かったかつての日本が経済発展をして、現時点で「モノづくり」の雄である中国が経済的に豊かになっているのは、納得できる答えです。

 ついでですが、生産されるものは、モノだけでなくても目に見えない「サービス」であってもかまいません。とにかく「何がしかの商材たりえるもの」が高速、高回転で廻っていることが「豊か」であることの正体なのです。



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 もうひとつ、第二段階のポイントもあります。たくさんの商材が回転していることは大事ですが、それが


「より高価格・高付加価値である」


ことが、豊かであることの2つめの正体です。 シンガポールではモノの生産が日本より少ないけれど、金融サービスの提供価格が高価格で高付加価値なので、一人当たりのGDPを押し上げることができるということですね。



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 ということは、私たちが豊かになるためには、2つのポイントがあるということです。


 私たちは仕事をしていて、24時間漫然と生きているけれど、


「よりたくさんの仕事を行えば豊かになれ、かつ、より高価格高付加価値の仕事を行えば豊かになれる」


ということです。当たり前だけれども奥が深いです。これは、言い換えれば



「じっくり物事に取り組むよりも、より効率がよい働き口へ変わったほうがいい」


とか


「可能な限り副業などをして、たくさんの収入源を持ったほうがいい」


ということになるからです。


 残念ながら、「ひとつのことに腰を落ち着けて長く取り組む」ということは、非効率ということになってしまうのです。


(そりゃ、意識高い系の若者が、すぐ転職したくなるのもわかりますね)



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 豊かであるということは、間違えてはいけないのは


「たくさんのものを所有していることが豊かであるということだ」


というわけではないことです。



 アフリカの部族の酋長さんが、広大な土地と家臣たちを所有しているとしましょう。しかし、その人たちは、狩とちょっとした農産で日々を過ごしているわけで、酋長は「たくさん所有している」けれど、


「経済的に豊かである」


とはいえません。残念ながら、あなたも、アフリカの広大な土地を上げるから酋長のように暮してください、と言われたら断るでしょう。


 なんなら北海道の結構な広さの土地と水源を格安で譲ってもらっても、ちょっと困るだけではないでしょうか。


  その土地が「交換・取引可能」であったり、「水源の水を販売」できてこそはじめて、経済的に豊かである、と表現できるようになるのです。



 ということは、これもポイントです。



「大切なのは、たくさん所有することではなく、たくさん回転させられるしくみを手に入れていることだ」


ということですね。


 たとえば、自動的に毎日、毎時間チャリンチャリンと小銭でもいいから自動的に自分に入ってくるしくみを持っているとか、そういうことが多いほうが、


「豊かになれる」


ということです。そして、できれば私たちは国や財界と異なり、「自分のコストを下げて、結果入ってくるパフォーマンスが大きいほうがいい」ということもツボです。


 この仕組みを思いついた時点で、いっさい所有していない庶民でも、豊かになれる、というわけです。こりゃあ、面白い話ですね。


















2018年8月1日水曜日

<実国学を考える25> 日本の欠点である「無兵站思考」  ~ママは兵士なのか~




  ヨシイエさんは、一応子育てをしていて、うちでは専業主婦の奥さんがその部門の中核を担いながら、夫である私が時にバックアップをするのですが、



 家庭とは何か、子育てとは何か



という問題を考えると同時に



 兵站(へいたん)



ということばが頻繁に頭に浮かぶようになりました。




 兵站というのは、簡単に言えば、軍隊が最前線で戦っている時に、後方から物資を送ったり、負傷した兵士を救護し入れ替えたり、あるいは進軍に従って輸送を順次繋いでゆく後方支援を指す言葉なのですが、




 はて、家庭には兵站があるのか



ということをすごく考えさせられるわけです。




 よく、働くお母さん達が、保育所に子供を預けていて、子供の熱が上がってしまったので、仕事を切り上げて迎えにいかなくてはならない、なんて場面が問題にされますが、



 働くお母さんには、兵站がないので、最前線から引き上げなくてはいけない



ということが起きているわけですね。


 そういう意味では、一見すると「保育所などを整備することが、働く母親を支援することだ」とみんなは思いがちですが、実際には、「保育所は兵站になっていないので、最前線から働く人を引き戻してしまうシステムである」ということになるのです。



  本当に、働く人を支援するシステムであれば、



「熱を出した子供を安全、安心に保護してくれる場所」



が確保されていてこそ、それが故に「お母さんは安心して働ける」ということになるわけですね。



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 先日、こんなことがありました。話そのものはすごく小さなことですが、実は大事なことだと思います。


 上の子供が小学生で、夏休みのプールが開放されていて、その監視当番をお母さんたちが交代でやるのですが、


「監視に当たっては、いざというときに危険を伴うので、小学校未満のきょうだいを連れてこないでください」


ということが取り決められているのです。


 とすると、うちの奥さんは、小学生である上の子の子ども会・PTA当番でプールの監視に行くのだけれど、下の子は幼稚園児なので、連れて行けない。はてどうするか、となったのですね。



■ 一日だけ、どこかの施設と契約して子供を預かってもらうのか

■ おじいちゃんおばあちゃんがいる家庭や近くに親族がいればそこに頼むのか

■ 結果的にヨシイエの会社に連れてきて、ヨシイエが仕事しながら預かったのだけれども。



 
 ええ。結論は私が預かったんで、それはなんとかなったのですが、なんとかなったというよりは、無理やりイレギュラーな対応をしただけで、普通の会社だったら、幼稚園児の子供をお父さんは預かることはできないと思います。



 つまりは、ヨシイエさんは、いちおう会社の偉い人なので、特権を最大限に利用しただけなんですわ。




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 小さなことのようでありながら、こういった矛盾や、そもそも「そういう場合の想定がなされていない」ことは多々あって、これは、端的に言えば、



「日本人は、兵站のことを全然考えていない」


という欠点であると思います。これは、改めたほうがよろしい。



「一億総活躍社会」



と耳さわりのよいキャッチフレーズが挙げられている現代社会ですが、 その一億は、全員


「最前線のソルジャー(兵士)」


としてイメージされているだけで、兵站として支援する人たちのことを全く考えていないことがわかります。



 たとえば、保育の業務ひとつにとっても、「お母さん兵士の支援として、保育所という兵站があります」というわけではけしてなく、子供が熱出したらお母さん兵士は戦場から呼び戻されるわけですから、実は


「保育士というソルジャー」


がまたそこに作られて最前線に送りこまれているだけなんですね。



「保育士の子供が熱を出したら、保育士は家に帰らなくてはいけないのだ」



なんて笑ってはいけない笑い話が生じるのも、まったくもって兵站を無視しているからです。




 ベビーシッターが家にいる、というのが兵站的発想です。仮に子供が熱を出しても、シッターさんによって寝かしつけてもらえるならば、お母さん兵士は前線から戻る必要がないわけで、



 つまりは、この国に兵站思考があるのなら、ベビーシッター代を賄えるだけの補助金を出すべきであって、保育所を増やす必要はない



ということになるかもしれません。




「一億総活躍」という言葉は、



「進め一億火の玉だ」




という、総員兵士の玉砕志向そのものです。


 太平洋戦争時から今まで、日本の思想はぜんぜん変わってないということがわかります。



 先の戦争で結局日本が敗れたのも、「兵站」思考がなく、せっかく征圧した海外の諸所を、兵站によって




維持確保し続けるという考えに足りないところがあって



そのために、結局連合国に奪い返されたのだ、という論説もあるほどです。




 実は、戦後のインフラもそうで、道路やトンネル、鉄道なんかも



「いけいけでどんどん作るのだけれど、適切な維持ができず、すべて老朽化してトラブルばかり起きている」



のが現在ですが、これも「兵站思考」の欠如と関係があるかもしれませんね。





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 このように、実国学の視点から見ると、最前線の兵士と、後方支援の兵站は一体となって運用されるべきです。



 目先のGDPのアップや、社会での活躍という言葉に踊らされずに、家庭における「兵站」のあり方を考え直すのは、いかがでしょうか。



 うちは奥さんに専業主婦をしてもらっていますが、「時にどちらが社会において表に立ち、どちらがバックアップするか」ということはとても意識するようにしています。



 子育てだけでなく、家庭の取り回しすべてにこの兵站思考を盛り込めば、もっと暮らしよくなるかもしれません。









2018年7月27日金曜日

激安スマホ geanee WPJ40-10 を買ってみた件




 変なもの好きのヨシイエなので、前回Windwos10mobile搭載のあまり、絶滅の危機に瀕しているMADOSMA購入後、そのあまりの面白さに追加を購入してしまいました。






 前回)

滅亡する Windows 10 mobile ~いまさらマドスマ買ってみた!madosma Q501 ~
 https://kotaro-yoshiie.blogspot.com/2018/07/windows-10-mobilemadosma-q501.html







 まあ、ほんとにCMソングじゃないけれど ”いまさらマドスマ♪” ですわ。でも、マーケティング的失敗はともかく、機械としては面白いので好きです。



 ああ、まるで性能はそこそこよかったのに、ソフトの供給で圧倒的に惨敗した



 セガターン



のような、郷愁が、Windows10mobileにはあるのですな。




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 というわけで、今回は、そのMADOSMAよりもさらにマニアックとされる、元祖4,980円スマホ!


 geanee WPJ40-10



を中古でお取り寄せした次第です(笑)



 このマシン、一応クワッドコアのCPUを搭載しており、



速くはないけど、遅くはない



という絶妙なところを攻めてきます。 液晶がTN型なので、角度によって色変化が激しく、人によっては懐かしさすら覚える画面ですが、それ以外のほとんどの出来は



「いい!意外にいい!」



と誰もが口を揃えます。



MADOSMAと比較すると、




■ MADOSMA Q501  Windows10mobile Ver1703まで適用可 edge40

 液晶サイズ5インチ

 CPU Snapdragon410

 メモリ1G 容量8G 

 カメラ800万画素/200万画素

 電池容量 2300mAh




■ WPJ40-10    Windows10mobile ver1607まで適用可 edge38

 液晶サイズ4インチ

 CPU Snapdragon210

  メモリ1G 容量8G

 カメラ500万画素/200万画素

 電池容量 1800mAh 
 



 という感じ。



 4インチは4インチならではのよさがあります。すべてにおいて片手で事足りるのは素晴らしい!


 さすがにスティーブジョブズの息がかかったiphone5Sあたりまでの設計思想はすごいです。




 MADOSMAは5インチあるので、たまに片手では無理な場面が出てきます。




 さて、基本的な使用感は似ているものの、(もちろんMADOSMAのほうが、すべてにおいて若干速い)Windows10mobileのバージョンが1703までいけるのか、1607までなのかによって、ブラウザのedgeの挙動が異なるので、そのあたりは



 MADOSMAに一票!



という感じがします。 


 なぜかedge38のWPJ40では、yahoo!のページがモバイルにならず、PC版が表示されてしまうので、



 誰もが老眼体験



ちがうか!をすることが出来ます。800×480画素の画面で極小フォントが読めるかー!!!




 というわけで、こういうガジェットをどう生かすか、いろいろ考えて見ますね~。

4,980円のスマホ! 特売情報の歴史あれこれ madosma・Zenfone・WPJ40 などなど





 みなさんおなじみのNTT-Xストアの特売、月に一度のX-DAYで、またしても



 4,980円のスマホ



が特売されていました。


 今回のX-DAYは2018年7月25日正午~26日にかけてだったので、ナウな本日は既に終了しておりますが、これまた毎度おなじみ4980円スマホは、案の定



マウスコンピューター MADOSMA Q501A-BK


泣く子も黙る、というか沈黙する以外にないWindows10mobile搭載モデルでございます。


 私が確認したのは、26日でしたが、「残り台数119台」が4980円での提供だったので、さあ、どのくらい売れ残ったのか?それとも売り切れたのか?


 BKモデルは、元々法人向けだったので、いよいよマウスコンピュータさんの在庫という名のデッドストックも、これで終了かもしれません。



 私も、先日の5,980円の時に購入したので、まあまあ満足です(笑)



 さあ、みんなでWindows10mobileの終焉に浸ろうではありませんか!



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 しかし、実際に使ってると、アプリが絶滅してるくらいに少ないことはさておき、Q501の動作はサクサクだし、Windows10mobileの使用感はいいし、「なんでもうちょっと伸びなかったのかな」と悲しい限りです。


 まるで、NEXTSTEPとかBeOSを思い出します。


  Windows10mobileは、BlackBerryよりは遥かにいいと思うんですが(笑)


 ああ、Plamも懐かしいね。




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 閑話休題。



 というわけで今回は、歴史に残る4,980円で売られたスマホたちを一挙公開!手に入れられなかった悔しさをバネに明日もガンバろー!





■ 2018年7月25日 ■ 

マウスコンピューター MADOSMA Q501A-BK 4,980円 (NTT-Xストア・終了)




今回の特売です。X-DAYなので会員向け、ギリギリまで非公開での販売でした。でも、これまでに5980円とかでは販売があったので、そちらを買った人も多いのでは?






■ 2017年9月14日 ■

ASUS ZenFone Go ZB551-KL 4,980円(ビックカメラ・終了)


Snapdragon 400搭載で、4コア、madosmaQ501とおおむねおなじくらいの性能のハードです。

5.5インチなので、ややmadosumaより大きいかな?Android5.1です。






■ 2017年3月/1月 ■

geanee WPJ40-10 4,980円(NTT-Xストア・終了)



こちらはSnapdragon 210で、madosmaより格下のエントリーモデル。 でも、新品セットでは着せ替えパネルなどもついてオトク。もちろん、Windows10mobileです。






■ 2017年2月 ■ 


マウスコンピューター MADOSMA Q501A-BK 4,980円 (ビックカメラ・終了)


 なんとマドスマもビックカメラで4,980円だったようです。土日限定とかですが、店頭で買えたのはいいかも!






■ 2016年7月 ■ 

GEANEE CP-D403 4,980円 (Amazon・終了)

Android4.2なので、かなり古めのスマホ。CPUこそデュアルコアだったものの、メモリも512しか積んでいなかったとのこと。







 ってな感じで、NTT-Xストアやビックカメラでは、不定期ながら4,980円スマホがたまに出てくるので、要チェックですな!!!


2018年7月26日木曜日

<吉家流儲かる起業塾21>  ココナラで30万円儲けた方法



まいどおなじみ「絶対に儲かるビジネス」で、ココナラさんでの売上を晒すコーナーです。


 ココナラさん
 https://coconala.com/




 いよいよ、ココナラでの売上が30万円を超えました。パフパフ!ドンドン!





 画像が、前回とは違って見づらくなったのはココナラさんの仕様変更のせいです。



 その代わり、出品者ランクのところも見えるようにしました。



 いちおう、プラチナランク(^^



 プラチナランクは、売上によっても変動するものの、ざっくり言えば




「月3万円以上、コンスタントに売り上げていればプラチナランク」



とイメージしていただければOKです。細かいことはいろいろほかにもあるけれど。



 とまあ、こんな感じで、不肖ヨシイエさんが、副業がてらやっている「絶対に儲かる商材」は、いちおう軌道に乗ったなあ!といえるのではないでしょうか。




 ここに至るまでには、けっこうそれなりに労働力も投入したので、この30万円を300万円に増やすにはどこを工夫したらいいかなあ!といろいろ考え込んではいますが、日々精進でございます。




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 さて、ココナラに限らず、今回の30万突破もそうですが、こうしたみみっちい副業が成果を挙げてゆくには、どんなツボ・ポイントがあるのでしょうか。


 それは、個人でやっている限りは、どうしても



「労働力・労働時間」×依頼回数・需要数=成果



みたいなことが関わってくるので、 まずは世間の需要をきちんと掴んでゆく、ということではないでしょうか?



 個人ではなく、他人に振って任せられるとか、下請けさせられる相手がいるのであれば、システム化・自動化してマージンだけ入ってくるようにしたりとか、そういうワザも使えるのですが、ココナラさんの場合は、どうしても



なんと言っても、まずは受注数



がすべてです。少なくとも単価も安い間は数をこなさないと金額は上がらないでしょうね。



 私の場合は、これまでの取引件数が約300なので、概算すれば一件あたり1000円ぐらいということになります。


 すでにシステムに移行しようとしていて、単価の改訂やら、自動化にも取り組んでいるのですが、


 その方法もやっぱり秘密です。


 まだまだナイショが多いこのシリーズですが、儲かるので絶対に誰にも話さないのです。






2018年7月24日火曜日

【資本主義をハックする 6】 商品の『価値』がわかれば、あなたの『価値』が見えてくる




 毎度おなじみ中小企業の管理職のおっさんが、なんとかしてこの資本主義の荒波を渡っていこうとする世知辛いコーナー。



 そう!資本主義をハックしてウハウハだぜ!



のコーナーがやって参りました。



 実際は、まだまだウハウハどころかヒイコラヤットコセな状態が続いていますが、いつかハッキングに成功した暁には、焼肉でも振る舞いましょう。




 さて。



 前回は格差について考えましたが、




  【資本主義をハックする 5】 格差はなぜ起きるのか
 https://kotaro-yoshiie.blogspot.com/2018/06/blog-post_17.html



 よくよく考えると、資本家と労働者の間に格差が起きて現代の日本人は困っているわけではない、ということに気づきます。


 だから、マルクスのお話がなんだかかみ合わなくなってくるんですね。



 中世のヨーロッパのイメージで言えば、「領主と農民」の格差はそりゃものすごい感じがします。 


 その関係を近代に当てはめて「資本家と労働者」というくくりにしたら、これもわかりやすそうですが、どうも現代人とは様相が違いますよね。



 もちろん、「時価総額何十億という会社を経営している人たちと、ぼくたちわたしたち」を比較した場合での「資本家と労働者」については、たしかにそっちも格差があることは確かなんですが、とりあえず目の前のぼくたちわたしたちが気にしているのは



「高級労働者と低級(語弊があるけどすまぬ)労働者の間の格差」



なのではないでしょうか。



 このあたりの話を視点を変えて書くと、つまりは



「価値の高い労働者(単価の高い労働者)と価値の低い労働者(単価の低い労働者)」

 
がいるのはなんでや?



というあたりを検討することになるのでしょう。





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 さて、マルクスは、商品の価値を「投入した労働量」のようなイメージで算出しました。


 つまり、この商品を作るのにどれくらいエネルギーを投入したかで、価格が変わるようなお話でした。



 ところが、「どうもそれはおかしいのでは?」ということが、経済学の世界ではすでにわかっているのだそうです。


 日経Bizgateさんの


マルクス「資本論」は何を間違えた? 〜商品の価値を決めるのは労働量ではない〜

 https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3064412017052018000000?channel=DF020420183710


の記事がわかりやすくて、簡潔にまとまっていたので一読をおすすめします。




 この記事では


■ 商品の価値は労働力の積算ではない。


■ 商品の価値は受け手によって、主観的に異なる。そこに差があるから取引が成立する。


■ あらゆる産業の利益率は均一化に向かう。 




の三本が今週のサザエさんのように提示されています。うんがくっく。





 1と2は、まあわかりやすいお話です。 たとえば、夕方になるとお弁当が半額になったりしますが、労働量や素材の積算で考えれば、夕方だろうが朝方だろうが弁当にかかったコストは同じですから、価値も下がらなければ価格も下がってはいけないのです。


 ところが、夕方になると、人々は「残りの時間に価値があるので、残り時間が少ない商品は価値が低い」と推定します。


 だから半額にしないと売れないわけですね。



 2だけのお話でいえば、これまたたとえば


 A iphone

 B Androidスマホ

 C Windows10mobileスマホ


 の3つがあるとして、どれが一番高く売れますか?みたいなお話に関係します。


 たぶん、機械としての性能とかコストはまったく同一にできるんだけれど、(CPUのコア数とか、ディスプレイの画素数とか)実際には、ABCの順でだんだん価格が低くならざるを得ないところがあります。



 そもそもWindows10mobile陣営からしたら、「なんでうちのOSは伸びてくれないねん!」と心から叫んでいたでしょうが、人々からすれば


「おんなじようなOSは3つもいらん」


ということだったのかもしれません。このあたりは多分に「非論理的」であったり「感覚的」なマーケティング要素を含むのですね。






 会社経営の現場に立っているヨシイエさんから見ると、かなり興味を引くのは3番目の話です。



『異なる産業で利益率は均一化する』



とは、どういうことでしょう。



 異なる産業、などのただし書きがつくのでちょっとわかりにくい場合もありますが、同じ産業とすれば話はめちゃくちゃわかりやすいです。



「なぜ定食はラーメンでも和食でもとんかつでも980円に向かうのか」


とか


「なぜマンションは2000万円から3000万円なのか」


とか、そういう見方でもいいでしょう。


 ↑厳密に言えば、この場合は利益率ではなく、「最終価格が均一化」しているので、話が違いますが、こうした事例をたくさん集めてゆくと



■ 同じ産業だと利益率が均一化してゆく



ことはすぐにわかると思います。ところがそれが「異なる産業でもそうだ」というのです。



 ヨシイエさんは、自分の会社の価格決定権を持っているので、自社で販売するものもそうだし、仕入れるものもそうだし、あるいは「仕入先が直接顧客に売っている場合の商品の価格」も知っています。



 そのあたりをじっくり観察していると、たしかに「利益率はある一定の方向に寄っていこうとする」のは確かなのです。



  ぶっちゃけて言えば、現在の某商材関係は、理想の利益率が2割くらいだとすると、1.15くらいしか利益がとれないことが多いです。


 ひどい場合には、自由競争でヨシイエの会社のような小売業社が勝手に価格を決めてもいいはずなのに、メーカーから出てくる参考価格が、



「最初から1.15くらいしか利益が乗っていない価格で書いてある」



場合があります。おい!そこは最初くらいは2割で乗せといて、

 
「ここからまだ値引きできますよ!がんばります!」

 
とか言わせろよ!と思います。



 もはや源流から値段がギリギリなので、関係者全員の給料が上がらないのです。




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 話が脱線ぎみなので戻しましょう。



 資本主義社会において、「利益率が均一化する」理由は簡単です。


 「儲かっている業種があれば、そこにおなじことを考えたやつが参入して、価格を落として同じ商品を提供しようとするので、儲かるか儲からないかのギリまで価格は下がり安定する」



ということがまず言えるでしょう。


 下げすぎると淘汰が進んでまた会社がつぶれるので、バランスのいいところで下げ止まるということはあると思います。




 これをすべての業種で行うとすると、まるで「公式」でも作れそうなぐらいに


「企業数・商品価格・コスト・利益率・商圏・購買需要」


などの係数が出てきそうですね。まあ、そんなもん計算せんでも、勝手に価格は下がります。




 となると、資本主義というのは、


「新しいイノベーションが起きる」



「高い価格で提案でき、売り手と買い手の間に情報量の差がある」



「パクリが参入して価格が下がり、かつ陳腐化してゆく」



「価格なり、利益率なりが均一化する」


 
「需要が一巡して、その商材・商圏が滅ぶ」



ということの繰り返しであることもわかります。



 ヨシイエさんは建築関係のはじっこにいるので、



「藁葺き屋根を囲っている金属カバーの屋根」



なんかを見ると、その栄枯盛衰をめっちゃ感じます。


「藁葺き屋根ばかりだった農村→火事にならないように板金屋根が流行→安全屋根って名前で呼ばれてどこも板金に→藁葺き屋根減少→むしろ藁葺き屋根も、板金カバー屋根もそろって消滅」


みたいな流れですね。この流れの中では



「俺は藁葺き王になる!」


とか


「俺は安全屋根で天下一の施行業者になる!」


とか、どんだけ志が高くても無駄だということがわかると思います。






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 ということは、資本主義をハックするには、



「情報の差、つまりは希少性、革新性を持つ限られた期間に価値と価格は存在する」

 
のであって、

 
「陳腐化すると、価値や価格は下がる」



ことを理解すればいいということになります。



 ということは、商品開発でもそうだし、会社の中でのあなたや私の居場所もそうなのですが、



「常に、新しい価値を持って、他者と情報量の差を有している人材」



だけが高い給与を得られるということで間違いないわけですね。




 ということは、いいですか?



 新人を育ててはダメだ



ということかもしれません。




 会社ですから、新人を育てる必要があるのはわかります。



 しかし、新人が何かをできるようにする時に



「陳腐化してゆく情報や技術の対応に新人を使いこなし、自分はさらに新しいイノベーションを確保してゆく」



ことがミソなのかもしれませんよ?



 これが資本主義をハックして生き抜く、コツだったりして。ああ、おっそろし!!!






2018年7月20日金曜日

【学校をめぐる諸問題09】 学校にエアコンがない根本的理由 ~それはお金がないからだ~




 今年は、例年よりも猛暑で、学校現場においても熱中症などで倒れる児童生徒が多く、心配な限りです。



 そんな厳しい状況を見て、


「学校(あるいは教室)になぜエアコンがないのか」 



という論調が今年ばかりはかなり多く聞かれるようになりました。


 あるいはその派生系として、「炎天下での校外学習はどうすべきか」とか「空調のない体育館での集会はどうあるべきか」とか、似たような問題や議論も巻き起こっています。




 私は個人的には、「学校はエアコン完備で快適であるほうが望ましい」と思っています。


 体育館についても全館空調完備であることが望ましいし、炎天下での校外活動はそもそも計画しないほうがいいし、部活動なんかやめちまえ!と思っています。



 しかし、それはともかくとして、実際に学校にエアコンをつけるとなると、電気容量の関係で設備を大幅更新しなくてはならなかったり、各教室でエアコンを稼動させると電気代がかなりの値段になることが予想されるでしょう。



 となると、現実的にはこんなことが起こります。




「えーっと、今年は早くから猛暑日が続いたので、予算を使い切ったために、来週からは午前しかエアコンがつけられません」



「お金がないので、28度以下に設定してはいけません」



みたいな。



 これは、夏場のエアコンに限らず、真逆の「暖房費、ストーブ代」でもすでにおなじことが起きています。



 寒冷地の学校では、年間に「何度以下になったら、暖房をつけていいよ」「そのための予算は年間これだけだよ」ということが決まっており、年によっては予算オーバーが起きます。


 その場合、学校の校長と事務長は大慌てで教育委員会やらと掛け合うのですが、公的な予算というのはもともと潤沢にあるわけではないので、本当に



「暖房の出力を絞る」


とか


「生徒がガタガタ震えないと、スイッチを入れない」


とか、そういうことが起きます。



 世知辛いけど、ぶっちゃけ「金」なんですね。すべては。




 事情通の人は知っていると思いますが、おなじ理由で一部の地域の学校では



「プールがあるけど、プール授業をしない」



ということがマジであります。



 プールの設置については、昭和○○年度の設備助成なんたらかんたら金でつけたのだけれど、設備助成なんたら金は、毎年の水道代までは面倒みてくれないので、水道代が高くつくから



「えーい、いっそプール授業なくしちゃえ!」


ということになります。




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 こうした事情がみえてくると、仮にエアコンが各学校に設置されても、快適に使うということはできかねるのが現実で、



「くそ暑い、命に関わる日だけはエアコンが動かせるが、それ以外はつけちゃダメだと先生が言う」


とか


「猛暑日が続いて、後半はエアコンがつけられない」


とか


そういうことになるのですね。



 各家庭は「今月はエアコン代がかかったから、食事を貧相にして耐えよう」とか出来ますが、学校予算はそうはなりません。


「今月はエアコン代がかかるから、給食はパンの耳にしよう」


とか、そういう自由が利かないんですね。



 ましてや、地方公共団体はどこも金欠です。エアコン設置費用+運用費用を賄える余力は、なかなかないでしょう。



 という理由で、この話はしばらくモメ続けることが予想されます。