2019年3月5日火曜日
【たのしい裁判入門】 ~売り掛け回収なお仕事のお話~
みなさんこんにちは 流浪の不動サニスト吉家孝太郎です。
いつもいつも不動産の話ばかりも飽きてくると思うので、たまには違うお話を、ということで新しいカテゴリを作りました。
ボクの通常の仕事は、いちおう建築業界に関連する業界の端っこで慎ましやかに生きているのですが、そっちの経験談です(^^
ズバリ、「たのしい裁判入門?!」
裁判が楽しいのか?!といわれれば、まあもともとトラブルがあるから裁判所がらみになるわけで、「そんなのいやだめんどくさい」という方が大半だと思いますが(^^;
ボクの場合は、いろんな世の中の仕組みを知ったり、自分で不動産や建築のこと調べたりするのが好きなので、「弁護士や司法書士に頼まないで、自分で裁判する!」ということをもう数十件やらせてもらいました。これがとてもいい経験になったので、楽しい裁判のお話をみなさんにちょこっとできればなあ、ぐらいの気持ちです。
リストラリーマンであるボクは、転職経験があることはお話しましたが、今の仕事に入ってしばらく担当させていただいのが営業ならびに「裁判」だったのです(☆_☆;
とはいえ、ボクは法学の知識があるわけでもなく、大学も文学部だし(笑)、「ええ!まじっすかサイバンっすか、サイパンでもサリバンでもなく大岡越前の裁判所っすか?!」という状態だったのですが、まあ社長が「ぜひ、やってくれ」というので勉強開始。
基本的には売り掛け回収のための民事訴訟や支払い督促などをいろいろ担当させていただきました。(いまもやってますが)
おかげで、裁判所の競売物件のファイルなんかもいっぱい見れましたし、そのあたりから不動産に関するゆがんだ知識が増えていきました(笑)
いきなり競売物件を買おうとしなくて良かった(^^;でも、ボクが最初に家を買おうとしたのは任意売却物件だったりしたので、不動産ウォッチのスタートからしてちょっとフツーじゃなかったかな(苦笑)←裁判ばっかりやってたせいかもしれない。
閑話休題。
というわけで、一番最初に関わったのが、前任者の後処理みたいなのですが
「供託金を取り戻そう!」という事件です。
話せば長くなるこの事件は、次から書きましょう!「楽しい裁判入門 第一話は『山田太郎』を追え!~見えないあいつをカーチェイス!~」です。おたのしみ
2019年3月4日月曜日
元教師が教える「学校では教えてくれない」こと
ヨシイエさんが学校という社会と、いわゆる外の実社会を両方見て言えるのは
学校という場所で教えてくれないことが多すぎるんじゃ!
ということです。
というわけで、もっと学校で教えたほうがいいことをリストアップ。
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社会人にならないと学校では教えてくれないこと、というのがたくさんあります。そのせいで、もしかしたら社会の多くの人は不当な目にあったり、困ったりしていることがあるはずなのですが、なぜか文部科学省は、次に述べるようなことを教育指導要領に盛り込みません。個人的にはものすごい不満なのですが、こればかりは国を相手に戦わねばならないので、ざっと列挙して声を上げてみたいと思います。
① 学校では、税金と社会保険の仕組みを教えてくれない。源泉徴収も、確定申告も、学校ではその具体的システムすら教えてくれないのは不思議である。本来ならば、中卒で働いても正しい申告ができるように、税金のシステムを真っ先に教えるべきではないか。学校ではタバコは20歳になってからだと指導するが、20歳から国民年金を払いなさいとは教えない。厚生年金は半分会社が出してくれているのだから、それくらいは感謝しなさい、とかも。
② 学校では、免許のシステムを教えてはくれない。運転免許の概要くらいは、教習所に通う前に、ガイダンスくらいはあるかもしれないが、世の中にさまざまな免許制度があることを知らない人も多い。
たとえば、あなたの家を建てたとき、クレーン車で建材を運んできた人が「小型移動式クレーン」の免許を持っているかどうか、あなたは絶対に知らないはずだ。荷物を屋根に上げるとき「ウインチ」を使っていても「巻上げ機」の免許を持っているかも知らない。ましてや、壁材をグラインダで切っている作業員が「切削と石交換の講習」を受講済みかどうかも知らないに違いない。
悪徳リフォームにだまされてもいいと国家は考えているのだろうか。国家の制度すら、消費者に周知されていない事実は、何を物語るのだろうか。耐震偽装は国民の無知が生んだとすれば、国家は責任を感じるべきである。
③ 学校では、司法システムを教えてくれない。悪事をすればどうなるか、悪事に巻き込まれたらどうなるか、損害を受けたらどうしたらいいか。法治国家でありながら、その基幹となる法の仕組みすら学校では教えてくれないのだ。「墾田永年私財法」の内容より、はるかに民法・刑法のほうが重要だと思うのだ。だから、どちらも教えるべきである。
お金を貸した相手が返してくれないとき、あなたは「支払督促」の申立を裁判所に出せるか?そんな制度を、学校では一切教えてくれなかったはずだ。
④ 学校では労働者の権利をきちんと教えてくれない。労働基準法も、労災の規定も、個人で建築業をしている場合の保障制度も、教えてくれない。教職員組合の方、それほど労働者の権利が大切だとわかっているなら、なぜあなたの教え子に、どれほど自分達が休息時間の確保や労働条件の向上につとめているか、そして、卒業して次は君たちもしっかり考えたまえと語らないのか。
学校の先生は進路指導はするが、その会社が労働基準法に違反していても、こどもたちが毎日つらいサービス残業に汗を流しても、なにもしない。なにもできない。
せめて労働基準監督署に通告するぐらい、してもいいのに。
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・・・語りだせば切りがない、誰も教えてくれない社会の現実ですねえ。
学校の知識は大切ですが、こうした「真の生きる力・生きる知識」も同等に大切のはずなのですが・・・。
2019年3月3日日曜日
外観でバレる。ローコスト住宅の見分け方
こんにちは
最近は、とにかく安い家というのが庶民に人気で、ローコスト住宅と呼ばれる「坪単価の安い」一戸建てなんかが、よく売れていたりします。
じゃあ、豪邸は別としても、普通の一戸建てと安価なローコスト住宅の違いはどこにあるのか?なんて思いますが、このあたりは、通常の不動産情報でも詳しく説明されているので、このブログでは、あえて違うところを突いてゆきます(笑)
ローコスト住宅の定義は、「無駄を省くなどして、坪単価30万円前後まで安価に仕上げた住宅」というのが一般的でしょうか。だいたい30坪ぐらいの平均的なお家が、土地別で1000万円ぐらいで新築できる、というのが売りです。
しかし、安く上げる方法、というのは実にさまざまです。
①大量生産・大量買付けで、おなじものばかり作るので安く出来る。
②意匠・デザイン・見栄え重視な箇所をそぎ落として値段を下げる。
③外材など、安価な部材を徹底的に使って安くする。
素人が考えただけでも、上のほか、まだまだアイデアは出てくると思います。
コストダウンのどこにエネルギーを割くかは、メーカーさん工務店さんしだいだし、お家を買う人の「ツボ」も違うでしょうから、いちがいにはいえませんが、僕なりに、ローコスト住宅を「ぱっと見ただけで」判別する方法、というのをいくつか持っています(笑)
だから「良い」とか「悪い」とか、そういう意味じゃなくて、「ああ、ここがコストカットだね」ということが素人でもぱぱぱっとわかる方法があります。
(もちろん、これがすべてではありません。あくまでも一例ですよ!!だって、その作り手によって「どこを省くかは人それぞれ解釈が違いますから!」
では、あなたのお友達のおうちが「ローコストなのか、普通の一戸建てなのか」を外から見抜くツボを伝授しましょう!
<1>屋根でぱっとわかる。
屋根を見ます。専門用語で「軒」とか「袖」と言うのですが、屋根に接している壁から、実際の屋根がどれくらい広がっているかを見れば、その建築物の「屋根の激安度レベル」がわかります。
屋根にくっついている壁から、70センチとか80センチくらい実際の屋根が広がっていれば合格。30センチとか、ひどい場合には、ほとんどまったく出ていない(広がっていない)住宅は、ローコストです。
屋根が壁よりも広がっていると、施工面積がぐっと増えます。広がっていないと施工面積は、壁のサイズと一緒です。(つまり、床面積と等しくなってゆく)。
施工面積が小さくなれば、コストダウンです。
しかし、屋根が壁よりも広がっていないと、壁の上部が直接雨で濡れます。これを嫌って、昔の家だと、これが90センチとか1メートルぐらい広く作ってあるのです。
これで、建物の総寿命が短いかどうかが、判断できますね(^^
☆屋根材を見るというテクニックもあります。一番高いのは瓦・次はセメント製品やカラーベスト・板金は安上がりです。
しかし、これは作り手の意図がはっきり出てきます。かわらは断熱性能も高いのですが、重たいから敬遠されます。板金は、熱をそのまま通すので中の住人は暑かったり寒かったりするのですが、重さが軽くなるメリットがあります。
なので、一概に「瓦じゃないからローコスト」とは断定できません。
<2>窓でぱっとわかる
これはあんまり知られていないテクニック?です。ちゃんとした住宅は、出窓や明り取りの特殊な窓以外、つまり、物理的に取り付けられない窓以外には
全部の窓に雨戸が設定されています。(一階には、格子が必ずハマっています)
ローコスト住宅では、よく見ると「2階の窓は、雨戸を最初からつけていない」ということが多いです(^^;;
そして、ひどい場合には「1階の窓にも、雨戸がついていない」という家もあります。
(雨戸が最近のはシャッタータイプになっているものもあるので、よく見てね!)
1階に格子はついていないわ、雨戸もないわという家はローコストすぎて涙が出ます!
もちろん、雨戸なんていらない!という考え方もあるでしょうが、台風の時になにかが飛んできて破損したり、防犯のこともあるので、格子と雨戸は、「あったほうがいいもの」だと思います。
これは、外からそのおうちを見て一発で判別できますので、ぜひ周りの住宅を見回してください。安価な建売物件とかだと、2階の雨戸省略タイプが最近めっちゃ増えていますから!
逆に、おんなじ建売でも、雨戸をしっかりつけてくれているところは「ああ、住む人のことをわかってるな」と思って大丈夫です。
<3>ひさしの数でぱっとわかる
屋根の形状が複雑なおうちは、それだけで手間がかかりますから「コストがかかる家」だとわかるのですが、素人の方に、屋根の形状の判別はわかりにくいかもしれませんね。
すっごい簡単なテクとしては
1階と2階の形が、そのままズドンとおんなじ形
は安くできる、というのはあります。
ただし、これは耐震性能で言えば、1階と2階がぐちゃぐちゃズレているほうが「耐震性能が下がる」ということもあるので、大手メーカーなんだけど基本は、1Fと2Fがズドン!とおんなじ形状にしているところもあります。
そのほうが、ゆれたときに均等にねじれるので強いのです(^^
というわけで、ここでは違うとこに目をつけましょう!!
それが、ひさしの数(笑)
丁寧な住宅になればなるほど、各窓に対する、その直上の「ひさし」がちゃんと作ってあります。どの窓にもついている「すごい丁寧な家」というのもありますが、まあ、普通は「メインとなる窓」には直接雨が入ってこないように、ひさしがついています。
だから、たとえば、トイレの窓とか、あんまり外をみないようなところの「ひさし」はカットしてあっても大丈夫です。
ひどいのは「大きなてっぺんの屋根以外、ひさしらしいものが一切ない」という家です(☆_☆;
これは、雨の日に窓をちらっとあけると、とたんに体までずぶぬれになるだけでなく、サッシ周辺に水が入る可能性があったりするわけです。
ひさしをちゃんと作ると、以外に手間がかかるし、小さいけれど屋根なので、コストもかかります。
丁寧なおうちだと「おおきな屋根が瓦で作ってあるので、ひさしもちゃんと瓦で揃えてある」すばらしいお家もあります。普通は、「おおきな屋根は瓦だけど、ひさしは鉄板が巻いてある」というのが平均レベルです。
ひさしがないのは、残念なおうちです。
どうですか?外からでも、意外にその家の価格と価値がわかるものでしょう?(笑)
(オリジナル 2011/5/6 ヤフーブログ終了に伴う再掲)
300万円のマイホームを購入する! 後編
さて、前回に引き続いて「300万円の一戸建て」を検討するときのポイントシリーズの続きです。書ききれなかったことをさらにいろいろ考えて書きます。
①別荘地、ってどうよ?!
300万円ぐらいの物件がよく出る地域に、「別荘地」というのがあります。市街地から離れていて、たいてい山の近くにあります。バブルの名残とも言ってよいジャンルで築30年~20年くらいの物件もたくさんあります。
こういう物件は、普通の不動産会社でひっかかる場合もありますが、リゾート専門の不動産屋さんが扱っている場合も多いので、ちょっと調べてみてくださいね(^^
最近、僕の知り合いも別荘地におそらく300万円前後で家をお買いになりました。(中古の高級車一台分ぐらい、とのこと)
ただ、その方は、阪神間にふつうの一戸建てを既に持っておられる方なので、「ほんまに別荘」として使うみたいです(笑)仕事を引退なさるそうなので、田舎で悠々自適で暮らして、好きな時に好きな方に滞在する、という羨ましい使い方ですね(^^
定年などでリタイアなさる方が、別荘物件を買うのもいいと思いますが、ほんとに足腰立たなくて、買い物やら病院やらに自力で行けなくなる「後期高齢者」になると話が変わります。ですから別荘地は、定年後10年程度のスパンでかならず見直さなくてはならなくなります。
若い方で、アーチストなので工房が欲しい、といった方や、ものづくりをしていてど田舎むらでもOKという方は、積極的にそういう物件を探している人もいるでしょう。
ただ、家族構成によっては、学校が遠いとか、いろいろな問題が出ます。
②300万円のおうちをリフォーム?!
300万円物件というのは、だいたい築30年以上です。昭和50年代に建てられた、とかならまだましかもしれません(^^;なので、ある程度手直しが必要になることがほとんどです。
いわゆるリフォームですが、業者さんに頼むと、本体並みにお金がかかるので、基本はDIYで自分・家族でやりましょう!!!
キッチン流しの取替え、壁塗り、柱などの塗装、フローリングの張替え、襖障子の張替え、ぐらいは自力必須です(笑)
もちろん、自分でできないこともあって、トイレ改装や風呂改装などはやはり業者さんにきてほしいところ。
(中にはトイレくらいは自分でやる人もいます) しかし、それも和式から洋式に変えるとか、風呂をユニットバスに変えるとか、大掛かりなものを業者さんに頼みます。
タイルの手直しとかぐらいなら、自力じりき!
そして、ここからが本当に大事なことです。
築30年超えの物件で最初に気をつけなくてはならないのは、地面と基礎と構造に問題がないかどうかです。
地面・・・擁壁チェック!高台や盛り土の上にある家の場合、30年前の擁壁はたいていアウトです。石積みだけの擁壁や、古いよう壁の場合は、隙間から染み出している水の跡なども注意です。ブロックを横から見て、ゆがみが出ているなども避けたほうがいいと思います。地面そのものは、ぱっとみ判断しにくいですが、じめじめ水気が多いような土地は、柱を腐らせている場合があります。
基礎・・・当時の基礎は、ベタ基礎になっておらず、布基礎やただ石を置いた基礎の物件もあります。基礎コンクリにひび割れがあれば、基礎そのものが痛んでいます。水がずっとかかって変色しているような基礎も注意です。
構造・・・専門家でない僕らが、構造の痛み具合を判定するのは難しいですが、概観をよく見るだけでも、ずいぶんといろんなことがわかります。外や中から見て、垂直線が出ていない柱があったり、一部だけサッシの開け閉めがきつい箇所があったりしたら、土地に「不同沈下」が起こっていて、敷地の一部が沈んでいます。屋根瓦のズレ、ワレ、外壁材の様子、モルタルのワレ(ここから水が入り雨漏りとおなじ動きをします)なども注意。家の内部で、床などがふにゃふにゃする箇所があれば、下に湿気が来ていてシロアリさんが先に住んでいます。天井板にシミがあれば、いつもでなくても大雨時に雨漏りした証拠です。
そして、大事なことは、300万円の物件の大半は、「何かあってもこういう物件だから勘弁してね」的な契約になることがほとんどです。現状有姿とか、瑕疵担保がどうのこうの、とかそういう語句が並んでいたら、たいていそういう意味です。
そのほか、古い物件には土地境界の問題とか、いろいろ調べることがたくさんありますが、家を買ったあとには、「宅建」に挑戦できるくらい知識が増えると思います。
そうした知識ナシに、その物件を買ってしまったあなたは、騙されているようなもんです(^^;;
ちなみに、すっごい細かいことですが、実例を挙げておきます。
たとえばある築20年の中古物件を買われたおうちは、他はなんにもトラブルなかったのですが、家の外にある下水の流れてくる「コンクリ枡(マス)」だけがヒビが入って水が漏れていました。
まあ、これが割れていても、流しの水のうち少しが地面に帰ってゆくだけのことなのですが、やっぱりそこだけ廃液がこぼれているのは気色悪いし、よく見ると、その周辺だけ土地がすこし下がっていたりしました。まあ、良いことではないですね。
もちろん、直してもらって契約したのですが、大事なのは、「マスのフタをあけてみる」くらいの注意深さがほしい!ということです。そして、「あれ?このマスの中の水、横についてる水位の跡と比べてなんで低いんだ?」と思う不思議を感じる力がほしいです。
古い中古物件は、面白い発見がいろいろあります。大事なのは、学ぶ力かもしれません。
(オリジナル 2011/12/10 ヤフーブログ終了に伴う再掲)
300万円のマイホームを購入する! 前編
みなさんこんにちは 寒風吹きすさぶ関西地方ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
懐も当然寒いヨシイエです(^^;
ありがたいことに、「300万円で中古戸建を買いたいんだけど・・・」というご質問をいただきましたので、僕なりに一生懸命考えてお答えしたいと思います。
300万円で中古戸建、ということばは簡単ですが、実は奥深いです。
ここで取り上げている議論は「とっかかり」みたいなものですから、みなさんも自分ならどうしようかな?と考えてみてくださいね。
①商業ベースに乗っている300万円と口コミベースでの300万は違う。
まず、不動産サイトや情報誌に載っている物件というのは、どうしてもある程度の金額以上の価格のものがメインです。本音で言えば2000万以上の物件だけ扱いたい!でも、現実的には1000万円以上の物件「も」掲載しようかな、ということになります。
逆に1000万円以下の物件は、情報を扱っても、同じ手間をかけても、仲介手数料も少ないし、コスト高になります。だから、不動産屋さんにとってはエネルギーを注入する必要性が薄いわけですね。
なので、まず300万円という低価格物件は、商業ベースでは出てくる件数がほとんどない、ということを覚えておく必要があります。その代わりに、「300万円ぐらいで売ってもいいかな」という、持ち主が勝手に思っているだけだったりの「口コミベース」の物件は意外に眠っていることもあります。
僕の知っている事例で、とある築30年ぐらいの一戸建ての前で作業していると「このおたくいくらぐらいで売ってくれるんかねえ」と犬を散歩させながら尋ねてくるおばちゃんがたまにやってくる、という場面があります。
つまり、そのおばちゃんは口コミベースで「安くて買えそうなら、考えようかな」と思っていて、そういう話が不動産市場には上ってこないわけです。
さて、商業ベースに載っている300万円の物件は、ぶっちゃけ建物はノーカウントで、土地の純粋な値段であることが多いです。それも古家付きであることから、本来なら更地にして売りたいところですが、解体費用を先に負担して仮に400万とかで売るなら、どうせ儲けもないから、どっちゃでもええわ、というので、そのまま売りに出しているわけです。
口コミベースの300万円は、市場価格とは離れたところでの値付けですから、極端に安い場合もあるし、そうでない場合もあります。「トイレ改修に最近150万かけたから、その分は元を取りたい」とかいう、査定無関係の感情価格だったりもしますから、こちら側にきちんとした知識が必要です。
②都心の300万円と郊外の300万円と田舎の300万円を見極める。
住む場所によって、300万円の価値は大きく違います。ど田舎村では、300万円で本格古民家、畑付きが買えますし、郊外なら、ちょっと街の中心から離れた、はぐれ分譲地の一戸建てが買えることもあるでしょう。
都心で探せば、車がやっと通れるくらいの(しかし、以外に徒歩は便利だったりする)、狭い道に長屋状態でくっついてる建物の一軒分だけ、みたいな感じです。ビフォーアフターに出てくる「〇〇に困る家」とかそんなイメージですね(苦笑)
土地の広さで言えば、ど田舎だったら500㎡とかでも、郊外で100㎡、都心で50㎡とかになるので、価値の尺度そのものが違いますね。
③300万円をどう食いつぶすか?
3000万円なら、「一生モノの家」と思ってしまうのも当然ですが、300万円ですから、その価値をどう食いつぶすか、減価償却してゆくか、をイメージしておきます。
3000万円なら30歳で買って、80まで残り50年もたそうと思いますが、その10分の1ですから、理論上5年持てばいいんです(笑)
もちろん、その家がダメになった場合の次の一手も頭の中に置いておきます。
たとえばこんな感じです。300万円を月5万円でざっくり割ると、60か月(5年)です。5年間月5万の家賃を払って住んでいるのとおなじとすれば、5年後には、賃貸では何も残りませんが、その家を購入していれば最悪土地が残っています。
このとき、100万円で解体しておなじ300万円(もともと、売値の300万とは、ほぼ土地の値段オンリーです)で売りに出せば200万円手元に残ります。あらためて賃貸に住んだとしても、おなじ生活で勝手に200万円貯まる計算になるわけです。(あくまでもざっくり理論上ですよ!)
こんなふうに5年処理で、家と向き合うこともできるし、もう少し長いスパンで見てもかまいません。しかし、都心の300万円物件でその土地に建て直す、というのは現実問題厳しいと思います。だったら更地にするまでは計画に入れておいて、駐車場にして貸すとか、隣の家に売りつけるとかそういう視点も必要ですね。
そういう意味では、長屋物件は避けたほうが無難です。どれだけちっちゃくても、独立した建築物であることは必須です。
④300万円という数字にこだわらない。
以上のようなことを考えると、たとえば300万円の物件と500万円の物件の微妙な差が見えてくるようになります。一見安くても、将来的に「つぶしがきかない」物件である可能性もあるし、あと少し足せば「こういう使い方ができそう」という大きな差になることもあります。
このへんは、2300万円の物件と2500万円の物件は、ほとんど差があるわけない!のに対して、もともとが300万と500万の違いには、意味があります(^^
なので、300という数字だけにこだわらないで、すこし幅をもって見ることがポイントです。
ちなみに、僕の住んでいる中古一軒家の価格は売り出し1780万くらいで、価格改定1380万、最終980万でしたから、(だいたい1年~くらいの間に価格が変わった)額面そのものをあてにしないことです。
500万の物件を内覧しておいて、なにかの拍子で、売主の事情次第では300万でもいいわ、と言われることだってあるからです。
以上ざっくりですが、まずはこのへんから考えてみましょうか。
(オリジナル 2011/12/9 ヤフーブログ終了に伴う再掲)
2019年3月2日土曜日
■ゆとり教育とは何だったか。 その本質をズバリ伝えよう。
興味深い論考が上がっていたので、それについてかなりブッコんだツッコみを入れてみたい。
「ゆとり教育とは何だったのか ~不毛な論争と偏見を語る」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60044
(現代ビジネス)
詳細は元ネタをご参照いただきたいが、文部官僚だった「寺脇研」氏と医師の「和田秀樹」氏らの論説を中心に、
ゆとり教育とはなんだったのか
を振り返る話である。
この「ゆとり教育」については、多くの人がそれぞれの立場で言いたいことがある~♪に違いないとは思うが、私ヨシイエとしては、その臨床現場にいて、そして現在もいるものとしてブッチャけた話をしておきたい。
まず、ヨシイエは「ゆとり教育」とやらが盛り上がったそのまっただなかで、前職の
「学校現場」
にいた。そして、それから民間企業で働きながら、
「ゆとり世代」
の部下や、年下の同僚との労務についている。 従って、それぞれの立場においての「ゆとりとは何だったか」がはっきりとわかる。
『それはお前の感覚的なものだろう。統計的エビデンスではないだろう』
と言われれば確かにそうだが、しかし、この私の感覚を元に今からする話は、そんじょそこらの統計データよりも
「あなたの人生と心に刺さる」
ことは間違いない。だから、まずはさらっと読んでいただきたい。
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□ 学校現場におけるゆとり □
ぶっちゃけ話、その1だ。ゆとり教育の導入、つまり学習指導要領の改訂と文部省からの通達指導は、タテマエはともかく、学校現場においてはまず第一のツボがあった。
それは「土曜日が休日になること」をダイレクトに意味する。
当時学校で勤務をしていたヨシイエからすれば、職員の土曜日の出勤が、「半ドン」になったり、「月に2回休みになったり」「完全週休2日制」になったりという過渡期を実体験したことになる。
ぶっちゃけ、学校において指導要領の内容がどうとか、学習内容が減るとか、そういったことは、どっちでもいいし、どっちでもどうにでもなることである。
元々教師は、教える内容のさじ加減などどうとでも出来るし、偏差値の高い学校ではそのように、偏差値の低い学校ではそのように、自由に調整が利かせられるものである。
だから教科書の内容を「指導要領に準拠しつつ調整」することなど、教師の労務においては、どうでもよいことだったのだ。
従って、少なくとも労働環境としての「ゆとり」、授業環境としての「ゆとり」とは
「出勤日数と年休と、夏休みや冬休みの勤務日数の調整をどうするねん」
というのが教頭の悩みであり、
「授業確保と、体育祭などの行事の時間の配分をどうするねん!土曜日なくなったやないか!」
というのが教務主任の悩みであり
「PTAの会合とか、どこに入れよう。平日の夜しかないの?」
というのが総務主任の悩みとなる、とまあ、そういうことだった。
しかし、これらのことは、学校外部の人間から見ても、生徒から見てもこれまたどうでもいいことである。
そこで、ぶっちゃけ話、その2である。
ゆとり教育の目的は「学力一辺倒ではなく、個性の尊重と幅広い人間力を身につける総合力の醸成」みたいなところにタテマエがあった。
そこで、何が起きたかというと、今日の学校指導のスタンスの原点でもある、
「いちおう生徒の事情や、家庭に配慮して、個別に相談的に対処する」
という生徒指導の方針へのゆるやかな変化だった。
それまでは「一斉指導で、とりあえず言っとけ、落ちこぼれるやつはいるけどしらんがな」の世界である。
あるいは、「1人はみんなのために、だから全員グラウンド10周してこい!」の世界だったのだ。
(なので体罰教師も、表向きはともかく、裏ではたくさんいた)
しかし、「ゆとり教育」という個別的な学力観や、そもそも学力以外も評価し、育てる対象になったことで、
「40人なら40通りの、仕事が増えた」
ということになる。これが、現在の教師の疲弊につながる、仕事量の増加や、モンスターペアレント、家庭内虐待への対応、発達障害などの個別の事情を汲んだ指導への道筋となっていったわけである。
まあ、いわゆる「教師のゆとりがなくなった」のは「生徒のゆとりが増えたから」なのだ。
==========
□ 企業現場、社会現場でのゆとり □
話は変わって、学校を卒業した後の生徒のそれからである。
これもぶっちゃけの話をすると、「ゆとり教育」のタテマエ・表面で批判された
「学力が低下する!」
とか、そんな問題は実はどうでもよかったのだ。
学力や、偏差値上の成績なんか「よいやつはそれなりによいところへ行く」「悪いヤツはそれなりのところへ就職する」だけで、その分別がどのようになろうが、別に誰も困らなかったのだ。
ぶっちゃけ、あなたの会社で、先輩と新人のTOEICの点数を比較して、年によって上がっていようが下がっていようが、売上とはなんの関係もないということは、これはもう当然の世界だ。
だから、企業社会や、ビジネスの世界で、
「ゆとり教育を受けた、ゆとり世代の学力が問題になることは絶対にない!」
と断言してもいい。
そうではなく、社会で問題になっている「ゆとり問題」とは、結局は
「生活姿勢や物事へのスタンス」
だけのことなのである。
だから「脱ゆとり、で学力向上を目指す」のは好きにしたらよいだけで、そんなことではこれからの社会問題は解決しないとはっきりしているのである。
企業社会において「ゆとり世代」の問題点とは
「自分のワークライフバランスと、企業のワークライフバランスを比較して自分を優先する」
「自分から学ぶのではなく、教えられ、そのことに価値を見出せないとやる気にならない」
などの、ヤバイ態度・姿勢である。
これまた、何度も出てくるが、表向き・タテマエでいえば、
「自分のワークライフバランスは優先されるべき、であり、価値のある仕事を人はすべきである」
というのはわかる。しかし、
ぶっちゃけ企業活動とは
「雇用者の価値を100吸い取ったとして、それ以下しか給料を払わないから会社の経費と利益が出る」
のが本質であって、実は、「会社バランスと個人バランスは絶対につり合ったりしない」のである。
だから、特に、「上司は部下のかき集めてきた労働力の上前で食ってゆく」し、「上納できない部下は使えない」のである。これは嫌な言い方でもなんでもなく
「資本主義とはそういうしくみ」
なのだから仕方がない。
(それをこれまでは「一斉教育と個人の抹殺、集団で頑張れ!なんとかついてこい!」でごまかしてきたわけだ)
===========
こうしたことから、現代社会におけるゆとり教育の最大の問題とはどういうことかをズバリ教えようと思う。
まず、これまでの論考から
ゆとり教育における「学力」なんかどうでもいい
ことは明白だ。それはそれなりになんとかなる。
そこではなくて、問題は
懇切丁寧に、個人の環境や能力、意欲を勘案しながら、意義をもって行動させなくてはいけないゆとり世代の資質
であることは明らかだ。
これがなぜ問題なのかといえば
「上司や会社は、労働者からの上納労働力の搾取によって成立しているのに、労働力のほうに上司や会社が、それより多くの『配慮や教育や指導やコスト』がかかるのであれば、企業が上前をハネる利益分が相殺されるか、もしくは逆転する」
という部分なのである!スバババーン!!!!
幸か不幸か、この点にまだビジネス界の誰もが気づいていないから、マネジメントの助言や教科書、コンサルなんかは
「見て学べ!というやり方ではなく、部下や社員とそれぞれの個性に配慮しながら伸ばしましょう」
なんてことを平気で言っている。アホではなかろうか。
これをやっていると何が起きるか。
「丁寧に教えて、個別に配慮して仕事ができるようになった給料のより安い若者が会社に残り、おなじ仕事しかできない給料の高い上司やおっさんはお払い箱になる」
ということだ。
これに気づいた上司は、まっさきに「懇切丁寧にゆとり社員を扱うことをやめる」に違いない。
にこにこ黙っておいて、自分の既得権益と、自分の得意領域を死守するに違いない。
だって右肩下がり社会なのだもの。
企業活動も、ヤ○○屋さんの活動も、資本主義の基本は、上納による搾取である。
だから、新しい労働力は搾取されないと経済は立ち行かなくなるのだ。それがおかしいと声を上げる社会はいわゆる
下克上
なので、それぞれが実力でガチバトルするという戦国時代にならざるを得ない。
もし、今後、戦国時代がやってくるのであれば
そこにゆとりはない。
ゆとりなんか、みじんもない。
それだけは、事実なのである。
不動産価格は「論理的に合理性がある」か、それとも「感覚的に合理がある」のか。
ぶっちゃけの話ですが、私の買った家は980万円です。
売主は中古の家を買ってリフォームして転売する会社です。土地価格が600万円なので、その会社は、ほぼ土地のみの価格で前の住み主から購入して、200万~300万のリフォームをして売りに出しました。しかし、社会情勢が厳しく、希望の値段で売れなかったので、約80万~180程度のギリギリの利益が残る形で損切りして980万円で売りに出しました。
↑これが論理的に合理性のある価格のしくみです。
でも、いろんな人と話をしているとどうもみんな980万円の家は「怖い」とか「なにか問題があるのでは?」とか、1580万円の家とくらべて、「1580万円の家より劣っているところがあるのだろう」と考えるのです。
その1580万円の家は、売主のローン残金が1580万円あるから「1580万円」という値段がついているだけなのに!
(本来の家の価値、程度の良し悪しとはまったく関係のない数字です)
1580万円よりも、980万円のほうが安いのには、それだけの理由がある。
と多くの人は考えます。
↑これは感覚的に合理的な考え方ですね。
しかし、私からすれば、1580万円もローンが残っているその売主のほうがよっぽど問題だし、それを買わされるほうがよっぽど大問題です。
ちなみに、面白い話があって、僕が家を買ったときに、うちの980万円の話を疑いながら聞いていたある奥さんが、先日こんなことを僕に言ってくれました。
「ねえねえ、去年に言ってた1580万円の家が、値段下がってたね!1480万円になって出てたよ」
と。「やっぱり、1年も売れなかったから値段さげたのかしら」
にこにこしながら話している奥さんでしたが、自分でハッと気付いて笑いだしました。
「なんだそうか!1年たったから、その分ローンを返した分下がったんだ!」
と。
そういうことなんです。奥さん!
こんなふうに、意味がちゃんとわかった人は自分で気付くことなんですが、なかなか人は気付けないものなのです。それが難しい。
モノの値段というのはそういう裏事情がいろいろあるのですが、それを論理的に理解するのは難しいものです。
感覚的に「安いか高いか」ということには、ヒトは敏感なんですがね。
(2011/3/26付 旧ヤフーブログより移動)
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