2017年7月29日土曜日

教員の部活動問題が、本音と建前で180度違う理由



 ここのところ教員の部活動問題が、教育界の内外で話題になっておりますが。


 簡単に言えば、部活動の指導はボランティアであるのに、それが半ば義務化されているのが実態で教員のブラック労働の温床になっている、という話です。


 そこで、一部の志ある若い教師からは、


「労働としてきちんと手当てされていないものであるならば、部活動を指導するしないの選択権を持てるなど、何がしかきちんとした体制がほしい」


という要望が上がっているわけで、逆にまた


「部活動の指導が労働の一部であるならば、給与面や労働時間についてきちんとした体制がほしい」


とも言っているわけで、これは確かにまったくもってその通りで、部活問題が「労働問題」として議論されることは



 大いに正しい



と私も同感します。



 ところが一方で、部活動にどう当たるべきか、という現実の現場サイドでの話で言えば、上記のようにきちんと体制が作られているわけではなく、


「先生方に置かれましては、部活動は労働ではないのですが、そこはうまく対応して、なんとか指導に当たっていただきたい」


という校長からの、お願いだか命令だかよくわからないままの無言の圧力によって、今日も明日もすぐには変革されず部活が続いていることは、みなさんご承知の通り。



 そんななか、ちょっと面白い記事がツイッターに上がっていて、





ソラさんのツイート

https://twitter.com/SoraEduJapanese/status/890923567495249920


これはかなりRTされているツイートなのですが、要するに



 大学で教員志望を指導している元校長が、


『部活動の職務は、教員の職務なんだから、やれったらやれ』

『勤務時間後の部活指導は、校長によるお願いによって、教員が分担してするものだ』

『わしらも若い頃からずっとやってきたので、たぶん変わらんよ』


という旨の指導をしたという話です。





==========

 
 勤務なのか、ボランティアなのか。勤務時間と部活指導時間はどのように労働時間として扱うか。


 上記のような議論は、おそらく労働基準法に基づいて精査すれば、おのずと答えは出ます。


 ところが、そうならないのは、建前はともかく教員の世界にはいろいろなウラ事情があるからです。



 そのウラ事情として


(『なぜ教師は部活動を辞められないのか』
https://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2015/10/01.html



の中で、「部活動の指導実績が評価に直結するから」ということを説明しました。



 今回は、この補足事項を「校長目線」でお話したいと思います。



 学校の教師が、どのように評価されるのかは、上の記事でもある程度書いています。しかし、現実には、勤務年数によって、実際の評価はある程度横並びですから、教師が現実問題としてどのように評価されるかは



 どの勤務校へ移動できるか



以外にはありません。あとは、指導主事になって教頭になるとか、そういう出世の話は別ルートです。



 そうすると、教師がどの学校へ次移動するかは、教育委員会とやらが決めるわけではなく、



「各学校のトップである校長たちが合議して決める」


のです。


 つまり、教職員一覧表がまず存在し、そこからある学校で、どの教科やどのポジションの教師が抜けるのか(異動対象になっているか)を検討するわけです。

 今度は、抜ける側の校長からするとはないちもんめがはじまるわけで


「あのこが欲しい あのこじゃわからん ♪ 相談しよう そうしよう ♪」


というそれぞれの教師というコマのやりとりをすることになるのです。




 その異動させ、動かし、ぐるぐる回すコマには、要素があります。




 第一の要素は、もちろん中高教師では「教科」です。年齢はあまり関係ないです。

 (基本的には、年齢が高い教師は、いわゆるいい学校や都市部へいける可能性は高いが、『田舎・郡部校のリーダー的存在として行ってくれ』ということも多々あるので年寄りでもOK)



  第二の要素は、ある程度の「経験」です。学年主任をやったのか、生徒指導部長などの分掌のリーダーを経験したか、などですね。




  そして、第三の要素は、「部活動の指導実績」なのです。だから、校長からすれば、人事異動でどの教師をひっぱってくるか、あるいは放出するかの重要なファクターになるため、この切り札が使えなくなることは非常にマズいことになります。





 従って、校長経験者であればあるほど「部活動の指導は重要な仕事なので、文句を言わずにやりなさい(→それがあなたの将来のためなのです)と言わざるを得ないのです。




 校長同士も実はマウントしあっていますから「どの学校で校長をしたか」はものすごく大きな人生のテーマだったりします。




 そして、校長としての一番の腕の見せ所は「人事異動」なので、


「どの分掌のベテランや力のある教師を引っ張ってこれたか」

「どの部活動のベテランや力のある教師を引っ張ってこれたか」


によって、校長としての実力が左右される、ということになっています。



 間違ってはいけないのは、校長は学校内の「内部の人事」については、基本的には「教頭もしくは副校長の意見を最大限尊重」します。


 そこに口を出す校長は、「懐がせまい」と思われるので、校長は「校外との人事」に全力を傾けます。




 こういう事情をしっておくと、どうして部活動問題が本音と建前でぐちゃぐちゃになるのかがよく理解できると思います。

















2017年7月24日月曜日

<吉家流儲かる起業塾18> ココナラTVCMの効果は?! 大量CM投下は、仕事を生んだのか?



 2017年7月15日から30日までの予定で、テレビCMを投入しているココナラさんですが、かくいう私も、いちおうココナラユーザーです。




 みんなの得意を売り買い ココナラ
 https://coconala.com/




 ちなみに吉家孝太郎は、ココナラでどんなサービスを提供しているのか、このブログでは一切告知しておりませんし、名前も違います(笑)



 それは秘密ということで。そのおかげで客観的なココナラ批評ができると考えております。


 ステマっぽい告知とか嫌いなので(^^;;;





 というわけで、ココナラのスタッフにすれば、ここ半月のテレビCMの効果についてはやきもきしているところでしょうが、ヨシイエの体感でいえば




 ココナラのテレビCMが入っても、依頼や顧客はあんまり増えていない!




というのが、ひとつの真実ではないかと(苦笑)



 その原因を探ってみると、いろんなことが思い浮かびます。



■ ココナラテレビCMは、「ココナラというサービスの認知度を上げた」



 テレビCMの投入によって、「あ、ココナラというプラットフォームがあるんだ」という告知はできたんだと思います。そのことによって「売るほう、買うほう」の知らなかったユーザーの掘り起こしはたぶんできたのだと。





■ ココナラテレビCMでは、「サービス提供者の内容までは到達できない」



  出品希望者から見ると「ココナラというサービスに自分のスキルをアップしてみよう」と思うきっかけにはなりますが、既存のサービス提供者からすれば、


 テレビCMが即、既出サービスへのつなぎにはならない


可能性があります。 ぶっちゃけ、この機能でいえば、既に実行されているココナラのネットバナー広告のほうが、ダイレクトに顧客の希望している内容へとリンクするので有利です。





 ■ ココナラテレビCMは、ワオミーなどの「後発勢力」へのけん制か?


  ネット上でのスキルの売り買いサービスは、実は後発組が少しずつ増えています。


 ランサーズストア
 http://www.lancers.jp/store


 ワオミー
 https://wowme.jp/



 いずれのプラットフォームも、できることは似ているので、ココナラさんとしては先行者利益を最大にしたいので、まずはユーザーの囲い込みに走りたいところ。


 そこで、ネットの世界から現実世界へと移動してのテレビCM投入、ということになったのでしょう。






~~~~~~~~~~




 しかし、ココナラの経営上のポイントは、「とにかくたくさんのサービスを使ってもらって、手数料をかせぐ」ことなのですが、逆説的ながら、サービス提供者からすると



「提供側ユーザーが増えれば増えるほど、自分の商品は多勢にかすんでゆくので不利になる」



という一面もあります。要するに、ライバルが増えると、一サービスあたりの個性は消えてゆく、というわけですね。



 このへんのバランスをしっかりコントロールできないと、アタリショックのようなことが起きてしまいます。



 起業者としては、このあたりの「たづなの引き具合」を勉強材料としてしっかり見てゆきたいものですね!




2017年7月12日水曜日

子育てママにピッタリ? トヨタ新型ルーミー・タンク/ダイハツ新型トール/スバル新型ジャスティ を徹底解剖!

(画像はトヨタさんのサイトからの引用です)



 みなさんこんにちは。



 ふだんはホンダ・フリード乗りの吉家孝太郎ですが、うちの奥さんのママ友さんから


「新しく出たトヨタのソリオみたいなやつ!ってどうなの?」


と尋ねられたので、 子育てママ目線での


 トヨタ ルーミー・タンク

 ダイハツ トール

 スバル ジャスティ


(この4車種は、ぜんぶ兄弟車)


の良しあしについて、つっこみを入れてみよう!という記事でございます。




 ちなみにママともさん、「ソリオはスズキなので、そこんとこよろしく!!」



 でも、そんな間違いをするくらい、このサイズのミニミニミニバンは、スズキのソリオが、かなり有名になっていることはたしかです。



 スズキソリオは、簡単に言えば「軽自動車のワゴンRがでっかくなっちゃった、もの」だと思ってください。


  なので、初代はソリオじゃなくて、「ワゴンR+(プラス)」という名前でしたね。







 ということは、ソリオのライバルとして登場した「ルーミー・タンク・ダイハツ・ジャスティ」も、厳密に言えば




 ミニバンが小さくなったものではなく、ダイハツさんが作っている軽自動車がでっかくなったもの



と考えることができます。




 なので、たとえばホンダのフリードや、トヨタのシエンタのように



「ミニバンをコンパクトにしたもの」



とは、ちょっと考え方が違うと、覚えておきましょう。




 従って、後席がスライドドアなのは、上記のミニバンとも同じなのですが、たとえば、フリードやシエンタは、6人、7人乗りができますが、ソリオやルーミー・タンク・トール・ジャスティは



「あくまでも5人乗りサイズ・おまけにコンパクト」



を目指しています。




 このことがはっきりわかる証拠があります。


 新型ルーミーなど 全幅1670
 新型ソリオ     全幅1625

 新型フリード    全幅1695
 新型シエンタ    全幅1695



 ほら、車体の幅は、ルーミーやソリオのほうが、明らかに小さいんですね。






 このことは、当然、子育てママにとっては「コンパクトで取り回しがよい」 ことに繋がります。


 新型ルーミーなど 最小回転半径4.6~4.7m
 新型ソリオ     最小回転半径4.8m

 新型フリード    最小回転半径5.2m
 新型シエンタ    最小回転半径5.2m
 


ね!曲がりやすいのは圧倒的にルーミーやソリオでしょ?




 ところが、子育てママ目線で見ると、たしかに買い物やスーパーには行きやすいんですが、ひとつだけ



 ここだけはしっかり確認!



しておかなくてはいけないことがあるのです。




 それは、ご家庭のお子さんの人数!!!


 幅が小さいということは、言い換えれば、「後ろのイスも狭い」ということなのです。



 ルーミーやソリオは、5人乗りなので、後席は3人掛けであることは間違いないのだけれど、後席がどうかなーと見てみると。




 新型ルーミーなど 室内幅1480
 新型ソリオ     室内幅1420
 
 新型フリード    室内幅1455
 新型シエンタ    室内幅1470


ん??

んんん??

ソリオはたしかに狭いけど、

ルーミー頑張ってるじゃん!!!




ということで、ソリオは、ちょっと5人しっかり乗るにはしんどいけど、



新型ルーミー・タンク・トール・ジャスティは子育てママでも安心!!



ということがわかりました。 買いだぜ!

2017年7月11日火曜日

<吉家流儲かる起業塾17> ココナラの売上が10万円を超えました。 ココナラ売上を晒すコーナー



 みなさんこんにちは


 

 そういえば、全然売上を晒していませんでしたが、やっとこさ総売上が10万円を超えました。


 ちなみにココナラの表示は、「手数料引き後」の金額なので、いわゆる「総売上」というよりは、




「あなた、わたしに入ってくるお金の総額」




というほうが正しいかもしれません。




 さてさて、売上10万円に到達するスピードが、遅いのはご愛嬌として、 それでも、私のやっている商材は




「在庫不要!物品不要!手間最小!」



なので、まあ、純粋に10万円貰えたと思えば、ありがたいものです(^^



 個人的には、この商品の需要が、もう少し多くて、回転数ももう少し多いのではないか?と予想していたのですが、




「注文が来るときにはバタバタっと来るのに、止まると静かになる」



傾向があるので、 このあたりは頑張ってPRしていこうと思っています。






 でも、ココナラさんには、自分でPRしなくても、ネット上のバナー広告に「あなたのココナラ商材を勝手に流してあげるよ」機能がついているので、




※詳しくは 
<吉家流儲かる起業塾11> ココナラのバナー広告がすごい! 無料であなたをCMしてくれる方法 
https://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2016/07/blog-post.html 



を読んでね。





 CMがバチッと決まれば流入が増えるのかもしれません。(解析しろよ)





 というわけで、ボチボチですが、頑張ります~。

2017年6月29日木曜日

質屋アプリ「CASH」がどうなるかは知らん!しかし、CASHトラブルに起業家にとってのヒントがあった!




 みなさんこんにちは。


 質屋アプリ「CASH」がスタート初日でコケた(審査中止に追い込まれた)ニュースは、ネット界隈を騒然とさせていますが、





質屋アプリ「CASH」
https://cash.jp/




 キャッチフレーズは「目の前のアイテムが、一瞬でキャッシュに変わる」でしたが、実際には、「目の前の3億円が、一瞬でキャッシュで出て行く」事態だったようで、運営さんも大変ですね。




 さて、この質屋アプリ、しくみをおさらいしておくと



 ■ 自分の持っている現物を写真を撮って送り、審査を受ける。


 ■ 査定され金額がわかる。


 ■ 現金が振り込まれる。


 ■ 2ヶ月後にお金を手数料を乗せて返すか、品物を送って質流れにするか選ぶ。


 ■ 金融的な一回当たりの限界値は2万円。


 ■ 手数料は2ヶ月で15%



 という流れです。








 まあ、このしくみが、金融としてはグレーなんじゃないの?とか、悪用するやつが出てくるとか、そのあたりの悲喜こもごもは、みなさんの井戸端会議に任せるとして、



「この話には、ネット起業家にとっては、実に重大なアドバイスが含まれている!」


という点は、学んでもよかろうと思います。



 質屋アプリCASHさんが、初日にして総崩れになることは、体制の不備やら、想定の弱さやら、


「そもそも資本金が600万円で、社員4人で対応できるの?」


という部分も含めて、いろいろ話が出てきている最中です(苦笑)







 しかし、賢明なる読者諸君は、運営のBANKさんのことをいろいろ批評したり、悪く言っている場合ではなく、



「この大いなるネタから、大いなる教訓を得ようではないか!」



と感じ入ってほしいところです。



 そう!このCASHの失敗には、重要なポイントが隠れていたのです。




 その大事なポイントを指摘しておられるのは、現時点ではこの人しかいません。


 シェアーズカフェオンラインの中嶋よしふみさん。



 
質屋アプリ「CASH」が一日でサービスを停止した、たった一つの理由。
 https://news.yahoo.co.jp/byline/nakajimayoshifumi/20170629-00072707/



 詳しく読みたい人は、彼の記事をよく読んでください。



 この記事でいわんとするところを簡単に言えば次のようなことになります。






「ウェブサービスを成功させる唯一にして絶対の方法は、コンピュータにやらせて自分は何もしないことだ!」




 おなじことをいろいろ言い換えてみましょう。



「ネットで起業する時、一番の成功の鍵は、自分がいかにして何もしないか、ということだ」




 ほかの言い方もできます。



「ネットやウェブで成功するには、自分自身は実際のモノを扱わないことだ」




  なんとなく見えてきましたね?!




 そう!今回CASH陣営がやらかしたのは、最終的な末端顧客との間で、



「モノを査定する」「金を送金する」「モノを送りつけられる」などの実際の作業を担当してしまったこと



にあるのです。



 ネットでウェブですから、顧客が増えたりサービス利用が増えると、「実際の作業が膨大に膨れ上がり」ます。


 アマゾンさんじゃないのですから、物理的な倉庫や、集配システムが追いつかなければ、


「実際の作業」


なんてものは、やらないにこしたことはありません。



 質草の受け取り作業に4人しか社員がいないなんてのは、もはやネットサービスでも、ウェブでもアプリでもなく、



 永遠なる人力作業



以外の何者でもありません。





==========





 アマゾンなどの国際巨大企業ならともかく、個人や少人数ではじめるベンチャー的スタートアップであれば、



「パソコンが勝手に作業をしてくれ、顧客が物を実際に触る作業をやってくれるならば、手数料が黙っていても入るんだけどな」


というしくみを構築するのが、最善だと言える訳です。


 そういう意味では、ヤフオクは自分では売り買いそのものや発送をせず、「そういう場を自動化して提供しているだけ」なので、収益を上げやすいことがわかりますね。


 あるいは、個人ベースでは、「電子書籍を作って売る」なんてのは、印刷製本流通を無視して、「ファイルをコピーして送るだけ」なので、手間がほとんどかかりません。

 



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 で、吉家孝太郎ならどうするか。


 質屋アプリを作りたいなら、


■ 写真を撮ってモノを査定

■ 金額が出るが、提携先の質屋や買取ショップへ持っていけばその金額が担保される。

■ あとは質屋でどうぞ。会社はバックマージン(手数料)を得る




とか


■ 写真を撮ってモノを査定

■ ヤフオクやメルカリで売れた最高値と、ハードオフの査定金額を瞬時に表示

■ ハードオフへ走るか、メルカリで売れ!

■ 毎月定額の使用料を取る。



とか、そんなのが考えられそうですね。








2017年6月28日水曜日

phaさんという生き方について思うこと ~「高学歴ニート」や「働きたくない」はカテゴリや思想ではなく、個人の物語である~




 Phaさん、という方の生き方が、いろいろな意味で注目されているようです。


 私は、この方を存じ上げているわけでもないし、彼の業績や行動についてそれほど詳しいわけではないのですが、ネット界隈での彼への共感やら評価やらを見ていると、とても面白いことに気付いたので、さらりとまとめてみたいと思います。


 もちろん、最初に断っておきますが、私はPhaさんの生き方そのものについて、肯定も否定もしません。彼そのものを評することは、まったくありません。


 その理由は、この記事の終わりのほうで、自然と明らかになると思います。



 

 Phaさんという人を簡単に説明すると、以下のような生き方を実際に体現しているそうです。



 ■ ニートであり、(基本的には)働かない。

 ■ ネットなどから最低限の収入を得ている。

 ■ ギークハウスというシェアハウスを運営している。

 ■ 「ニートの歩き方」などの出版物を出している。

 ■ 京都大学を卒業しているが、一般の企業人生活は向かなかった。

 ■ 働きたくない、を公言している。


(細かいところが間違っていたらごめんなさい)



 さて、こういう人なので、「スーパーニート」とか「日本一有名なニート」とか、「天才ニート」とか呼ばれているわけですが、彼の



「働きたくないなあ」


という姿勢は、多くの若者の共感を呼んでおり、



「Phaさんのように生きてみたいなあ」



という一種のあこがれを産んでいるのだとか。


 なので、彼の生活がテレビで取り上げられたりすると、かなり多くのネット民が、「Phaさんの生き方、思想はありなのかなしなのか」「自分もあのように生きられるのか」など、



心をざわつかせる



のだそうで(^^




~~~~~~~~~~




 しかし、吉家から見ると、この現象は、いくら何十万人という「働きたくないぜ感」を抱く若者の共感を得ているとしても、


「Phaさんという生き方は、個人の物語であって、一般化はできないだろう」


と思います。そうです。


「Phaさんの考え方や思想は、Phaさん以外には再現できないだろうので、それを見聞きする者が共感するのは、実は誤認のようなものだ」


というわけです。



 たしかに、仕事上つらい思いをしていたり、日々の労働に疲れている人々から見れば、Phaさんの生き方は一種の理想郷で、共感するに値します。


 しかし、それは幻想であって、Pha的生き方というカテゴリが存在したり、Pha的思想が成立しているわけではありません。



 これは別の人物名をあてはめるとよくわかります。


「イケダハヤトさんに憧れるが、高知へ移住できるか」


とか


「与沢翼さんに憧れるが、秒速で稼げるか」


みたいな問いを挙げてみればすぐわかることで、たぶん、日東駒専卒業のニートはPhaさんのように生きられないだろうし、あなたが京大に入れたらほぼ確実にニートはしないのです。





 だから、Phaさんの生き方は理想卿でも、批判の対象でもなく、


「彼自身の、天命にも似たオリジナルストーリーであって、彼というキャラクターとともにある生き様そのもの」


なのだと言えるでしょう。





~~~~~~~~~~






 Phaさんは、いちおうネットの世界で小さなものづくりをしたり、本を書いたりして収入を得ています。

 そして、何かに属さず、可能な限り「好きなこと」をして生きている、という見立てができます。



 私はアラフォーですが、私と同年代の人は、彼とある意味全く真逆で、デジタル世界に縁がなく、完全にアナログでありながら、ある意味全くおなじ香りのする天才を覚えていることでしょう。





 その人物の名前は、




 中島らも



と言います。


 彼が職業作家であったかと言えば、苦笑する人が大半だと思います。


 好きなことを心を研ぎ澄ましながら書き綴り、好きなことを好きなようにやり、ギークハウスならぬ自宅は、薬物中毒の謎の友達たちで溢れ、そして飲んだくれて飲んだくれて、飲んだくれて亡くなったらもさん。


 彼は著述家ではありました。しかし、その仕事ぶりは、旧来の「作家というカテゴリがなんとか存在していた時代であったから作家」なのであって、現代にもしらもさんが生まれ変わってきたなら、


「絶対にニートになる」


と彼は喜んで日本一のニート著述家になったかもしれません。



 ちなみに中島らもさんは、灘中・灘高へ通っていた賢い人です。(大学は大阪芸大へ進学しましたが)





 そして繰り返しますが、らもさんと同時代の人は、


「中島らもは天才であった」


という点については万人が認めるところながら、



「中島らもに、自分もなりたい」


と思う人間は、たぶん一人もいない、という点で、彼は完全にオリジナルな存在だったことがわかるのです。




 中島らもが超絶空前絶後の個人であったように、Phaさんも、ニートというタグをつけたオリジナルな個人です。



 だから、Phaさんを見る人たちには、2つのポイントが求められるのだと思います。



一つ目は、


「Phaさんへの共感は大事にして、多いに感じ入ること」


そして、二つ目は、


「ひるがえって、 自分はどんなオリジナルの人生を生きるのか、自分だけの物語を生きること」


この2つです。



 中島らもに魅せられた多くの若者が、中島らものコピーになれず、その後の人生を時には大笑いしたり、大泣きしたり、あるいはたまに飲んだくれたりしながら、今も生きているように。
























 












 



 

2017年6月6日火曜日

<実国学を考える21> まだ東京で絶滅してるの? つづきです!機会の平等か結果の平等か。




 前回の記事、


 「幸せなる人生というやつが、だいたいわかった件。 ~まだ東京で絶滅してるの?~」
 https://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2017/05/blog-post_31.html



は、数多くの方に読んでいただき、また敬愛するニャートさまにもツイッターでご紹介いただいたので、心より感謝申し上げます。



 で、これまで



■ 今現存している日本人のうち、3分の2は子孫が絶滅する。

■ これまで、子や孫は増えてゆくものだと思っていたけど、長男が一人代々続くのみ。

■ 都市生活者は、一人身で絶滅してゆくものが多い。



ということを明らかにしてきたわけですが、 元ネタとして引用した森田先生のお話に続きが掲載されていました。






THE PAGE
「7歳までは神のうち」 明治中期、農村で大人になれた子供は10人中7人
https://thepage.jp/detail/20170605-00000003-wordleaf






 江戸時代の都市生活者は子孫を残さず死んだ、というショッキングな話のつづきで、今度は農村に目を向けると、たしかに農村では子沢山だったかもしれないけれど、


「だいたい5、6人子供を産んだけど、大人になれたのは2、3人」


という事実が浮かびあがってきたわけですね。



 この理由は、もちろん、当時の医療水準が高くなかったからで、幼子も何割か死ぬし、もっと酷いことに、妊娠したお母さんも産中産後に、何割かが死んでいたことがわかります。



 では、このことを踏まえて、明治時代のような人口になっているはずの100年後を想像してみましょう。


 医療水準は格段に進歩し、食料水準も私がデブになるほど進歩しているわけですが、赤子の生き残り率はどうなっているでしょう。



 内閣府のデータでは

http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2015/27webgaiyoh/html/gb1_s1-1.html


2000年から最近までの出生数が年間100万人程度だということがわかります。

2016年に100万人を割り込んだので、そのニュースを覚えておられる方も多いかもしれません。





さて、その出生数に対して、人工妊娠中絶の数を拾うと、



平成25年度衛生行政報告例の概況

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/13/dl/gaikyo.pdf



 中絶数が、年間20万人程度だということもわかってきます。

(統計に出てない数がもっと多いという説もあります)



 日本人の死因のナンバーワンは、ガンでも脳卒中でもなく「中絶」だという問題提起は、最近

沖田×華さんの「透明なゆりかご」

でなされたばかりなので、記憶に新しい方も多いでしょう。




 また、これとは別に自然中絶(流産)の件数を拾うと、これまた、


 流産数は年間18、19万人くらいという推計もあります。




==========




 自然に起きてしまう流産は、江戸時代や明治時代にもあったでしょうからこれをカウントするのはフェアかどうか微妙なので除外するとして、平成に入っての現状をデータとしてみると


 120万人が生まれてくる可能性があったとして、生まれる前に殺されているのが20万人なので、




 平成時代、日本で大人になれた子供は10人中8人



ということになりますね。ここから、若年死亡者数や、若年自殺者数をひけば



 なんだ、明治時代とそれほど変わってないじゃん!



ということが見えてきます。荒っぽい推計けどね。




 そうなのです。衛生事情や食料事情が良くなって、コンドームまで発明されているのに、



「大人になれないぼくら」


の数は、ちっとも変わらんのですたい!!!






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 なので、表題の通りの疑問が浮かびます。



 子供を産んで淘汰させるほうがいいのか、最初から産まずに殺すほうがいいのか。


 チャンスの平等か、結果の平等か。




 生き残れるかわからないけど、産むだけうんで頑張れ。のほうがいいのか。


 こんな時代に生まれるくらいなら、生まれないほうが幸せなのか。




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 都市生活者のみなさんも、田舎暮らしの人も、自分や兄弟の子孫があと何代生き残れるのか。


 幸せなら生き残ったほうがよくて、不幸なら死んだほうがいいのか。


 絶滅した恐竜と、生き残ったゴキブリのどちらが幸せか。


 「シーラカンスとなるとも、三葉虫となるなかれ」なのか。




 いろいろ考えてみたらいいと思います。

 



~~~~~~~~~~




 おまけ。絶滅するあなたへの応援歌、書いてみました。高村光太郎さんの「道程」より。



 「童貞」

僕の前に道はあった
僕の後ろに道はない。
ああ先祖よ
父よ
僕を生み出してくれた広大な父や先祖よ
僕はあなたから離れ、守ることができない
常なる先人の血筋は僕で途切れた
この疎い童貞のため
この疎い童貞のため







(オリジナル 「道程」)

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため