愛にも、いろんなジャンルの愛や、いろんな種類の愛があるのですが、みなさんが将来どんな異性と(ああ、申し訳ない、最近では同性同士ということもありますね)愛し合うのかは、まだあまりはっきりしていないかもしれません。
高校生であるみなさんにとって身近なことを言えば、例えば高校3年間であなたに好きな人ができて、幸福にもお付き合いしていたとしましょう。ところが、高校3年生の時、いよいよ自分の進路を決める段になって、「あなたの彼氏彼女と同じ地域に進学・就職するかどうかはわからない」ということが必ず起きるでしょう。
これは、高校生の時恋愛して卒業していった全ての人が体験しています。そう、「すべての人」がです。
パターンは3つくらいしかありません。
①同じ学校(進路)へ進む。
②せめておなじ地域へ進む。
③バラバラにそれぞれの道へ進む。
で、その結果愛が成就して結婚までゆくか、あるいはそれぞれ別れてしまうかのどちらかですから、あれ?実は高校生にとっての「愛の人生は」3×2通りで6パターンしかないということですね。
そう考えると人生なんて、小さなものです(笑)
さて、高校3年生という先のことは一旦置いておいて、みなさんに直近で関係のある「愛」の話をしましょう。
「愛されたい」
というキモチは誰もが持っている感情だと思います。それが具体的に「彼氏・彼女がいる」という話でなくても、クラスの中で、部活動の中で、あるいは何か集団の中で、親やきょうだいから
「自分がきちんと認知されていて、適切な立ち位置で認証されていたい」
と思うことは自然なことだと思います。
学校生活において、「愛されたい症候群」は、いろんな形で表に出てきました。これはあなたの先輩たちもみな通ってきた道です。
たとえば、現在高校生であるみなさんにとっては、LINEのグループに入っている、いないとか、SNSに入っている、いないといったハイテクな分野で、そうした「愛されたい」「仲間はずれになりたくない」「認められたい」といったことが表に出てきていることでしょう。
スマートフォンが今のように広がっていない時代では、携帯のメールやらネットの掲示板が、それらの代わりをしていたこともありました。
私が高校生の頃は、もっとストレートに「クラスの中で、あいつは・自分はどんなキャラか」といったことで互いを認知していました。ああ、女子の場合は、今も昔も「どのグループに入っているか」という問題が、人生の大半を占めていますね(苦笑)
この「愛されたい」「認められたい」という衝動は、人生を大きく左右します。
それは「どんな方法で?」ということにつながるからです。
「認められたいから勉強で頑張る・部活で頑張る」というのは、ベタですが意外に多くの人の基本的なモチベーションになっています。
「キャラを立たせたいので、変な言動をする」という人も、たまにいます。ここまで極端でなくても、「可愛くみせたい」がこじれて「濃すぎる化粧」になってしまっている女子は、そこそこいます。
逆に、そうした「愛されたい症候群」が1周回ってしまうと、その先まで行ってしまって「自分はそもそも、愛されなくてもいい」と「1人にしておいてオーラ」全開になっている人もたまにいます。
苦しいことですが、そもそも「基本的に誰からも相手にされない」人もいます。
いずれにせよ、「愛されたい症候群」とどう付き合ってゆくのか、どう折り合いをつけて生きてゆくのかは、高校生の人生の「大半」を占める大きな問題なのです。
昔から「いじめられていた」とか、「友達がいなかった」という人が、大人になっても人間関係をうまく構築できず人生で苦労する話はたくさんあります。
あなたの周りにも引きこもりをしている人がいるかもしれません。彼らは学生時代に、何か問題の根っことなる出来事に出くわした可能性が高いのです。
あるいは、見かけ上「誰とでも仲良く」していた人であっても、「本当の自分の性格とは合わず、ムリをしていた」ということは良くあります。
さて、ここまではそんな高校時代の生活を「ざっくりまとめてみた」だけですが、人生を考える上で、いちおう大人である私からみなさんに伝えておきたいことがあります。
それは、
「愛し、愛されない性格は、社会に出る前に直しておいたほうがいい」
ということです。
「大人しい」とか「暗い」とか「からみづらい」とか、一般的に言ってネガティブな性格・言動というものがあると思いますが、そうしたことが原因で「愛されない」「認められない」生活を送っている人が少なからず存在しています。
そうした性格や言動は、これまでは「個性」だと言われてきました。特に、私が学生の頃から、「人の多様性を認め合おう」とか「個性が大事だ」なんて考え方が広まったので、みなさんもその影響を多分に受けているはずです。
しかし、それは結果的に間違いです。厳しいようですが、はっきり言っておきます。ネガティブな要素は、「個性」であることは認めますが、
確実に人生で損をする
ことが判明してきました。
なぜか?簡単です。
あなたがどこかお店に入って、店員が無愛想だったりぶっきらぼうだったり、目を合わそうとしない人だったらどうでしょう。嫌な気持ちになったり、テンションが下がるはずです。そんな店員しかいない店と、明るく元気で爽やかな店員ばかりがいる店だったら、どちらが競争に勝てると思いますか?
そうですね。とても簡単です。コミュニケーションがとれない人たちは、この世界では競争に負けます。
残念ですが事実です。競争に負けるということは、コミュニケーションが取れない人の人生は、金銭的に貧しくなるということなのです。
だから、早いうちから、努力で改善できるものはしたほうがいいのです。いくら苦しくても、これだけは身に着けておいたほうがいい。努力して変革したほうがいいのです。
では「個性が大事」なんてことばがなぜ広まっていたのでしょうか?「明るく元気で爽やか」な価値観と反対でも「それでもいいよ、あなたらしくすればいい」なんてことが、どうして許されていたのでしょうか?
それも簡単です。日本にお金があったからです。日本の景気がよく、経済成長が続いていたので、マイナスの側面であっても「余力でカバー」できたからです。
ところが、日本は中国や韓国、アジアのほかの国々にどんどん経済的に追いつかれはじめています。国の借金も途方もない額になろうとしています。
すると、マイナスの要素を持つ人たちをカバーしきれなくなってきました。それでなくても、自分たちの人生さえ危ういかもしれない。だからこれから、日本はもっともっと厳しい時代を迎えることになるわけです。
「愛されたい」という思いを、こじらせる人は、これからどんどん大変になります。「愛されたい」だけを主張する人もそうです。現状として「愛されない」人も、厳しい境遇になることでしょう。
これまではお父さんがお金を持っていたので、引きこもることができました。これからの引きこもりは、お父さんがお金を持っていないので、すぐに貧民へと転落してしまいます。
「同情するなら金をくれ!」
は、某ドラマの名台詞ですが、これからは
「引きこもるなら金稼げ!」
になるかもしれませんね。
最後に、これからの人生を大きく変えるための「魔法の方策」を伝えておきます。
あなたがもし「明るくない・元気じゃない・爽やかじゃない・かっこよくない・大人しい」などのいわゆるマイナス要素を持っていて、もともとコミュニケーションが得意ではない性格でも、これからの人生を豊かにすることができる魔法の裏ワザがひとつだけあります。
それは「愛すること」です。
まるでキリスト教の教えみたいですが、そんなにカタい話ではありません。
愛する、つまり「誰かに対して、自ら何かを提供する」ことは、暗くても大人しくてもできます。モノを渡す必要も、お金を配る必要もありません。
行動、労働力で示す。心配りで示す。そういうことは、「苦虫を噛み潰したような顔」のままでできるのです。
たとえば、放課後1人でムスッとしながら、教室の掃除を毎日続けてみてください。黒板を翌朝までにピカピカに拭き上げてみてください。誰にも気付かれないように。
それだけで、あなたの人生は確実に変わります。
そんなことをするのは損だ、と思うのは早合点です。私は、今の会社で「誰よりも早く来て会社の鍵を開ける」ということをずっとやってきました。それだけで今、すべての人を差し置いて管理職になっています。
私の場合は「鍵開け」でしたが、あなたはあなたができそうなことを一つだけ探せばいいのです。たった一つでもぜんぜん大丈夫です。
「愛されること」はなかなか叶いませんが、「愛すること」は簡単にできます。そこがあなたの人生を良いものに変える最小で、最大のヒントです。
2014年10月15日水曜日
2014年10月13日月曜日
【高校生のための”人生”の教科書09】愛の歴史、愛のメモリー
前回は、運命の愛なんて存在しないかもしれない、という少々キツイお話をしてしまいました。
高校生のみなさんにとっては、「それじゃあ、ちっとも夢も希望もないわ」ということになってしまうかもしれません。ですが、それでは、これまでみなさんの先輩方はどうやって「愛」を見つけてきたのか、ということを振り返ってみると面白いかもしれませんね。
というわけで、今回はみなさん以前の「愛の歴史」つまり「愛の記録、愛のメモリー」を遡ってみることにしましょう。
第一章で、みなさんの先祖が、どのようにこの世界で生きてきたのかを簡単に振り返りました。お父さん、お母さんやおじいちゃん、おばあちゃんの暮らしぶりをなんとなく振り返ってみたのを思い出してみましょう。
今回のお話は、それに多少連動しています。以前は苗字のつながりだけを追いかけましたが、今回は「家族のつながり」を追いかけることになります。
現代の日本人の男女は、すでに「結婚できない、しない」とか「彼氏彼女ができない、いない、いらない」とか、そういった「愛と無縁」の生活を送る人たちの割合が増加しつつあるところです。
今高校生であるあなたが、その人たちの仲間入りをするのか、そうでないのかはわかりませんが、一応どちらの可能性もあるので、全般的な話をしておきましょう。
日本の愛の歴史を振り返ると、「自分が好きな人と自由に付き合ったり、結婚したりできた」という人生を送ることができたのは、ご先祖さま追跡では、
「あなた」と「おとうさん・おかあさん」と「おじいちゃん・おばあちゃん」
の3世代だけです。それ以外の男女は、ほとんどの場合「自分が好きな人と付き合ったり、結婚できなかった」世代ということになります。
現在の私たちや、みなさんの感覚からすると「えーっ!何それ?!じゃあ、みんなどうしてたの?」と驚きの声を上げることになると思いますが、実際そうだったんだから仕方ありません。
日本の愛の歴史では、概ね「日本が戦争に負ける」までは、あなたの先祖は「その親や家族が決めた相手と結婚していた可能性が高い」ということになります。
「あたしの気持ちはどうなるの?」「僕だって好きな人がいるんだ!」という自由な考え方や、権利というものは日本がアメリカに戦争で負けて、『アメリカの自由な考え方がいいんだ!』とみんなが思い始めてから採用されたので、それまでは「家族の大黒柱の家長(おとうさん)が全部決めるんじゃ」ということがまかり通っていました。
なので、あなたから見て、ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんは、「家族同士の付き合い」とか「家柄」とか「村の人間関係」とかの影響を多く受けながら「結婚相手」が決まってゆきました。
これでもまだマシなほうで、ひいひいおじいちゃん・ひいひいおばあちゃんの時代まで遡ると、江戸時代の「身分制度」の影響まで受けるため、身分が違うと結婚できない、ということになってゆくのです。
「お見合い」という言葉は、今も生き残っていますね。好きになったり、恋もしていないのに、顔を合わせて話し合いだけで結婚するシステムが今もあるのは、こうした昔の仕組みの名残です。
ということは、つまり、「好きな人と付き合えて、結婚してもいい」制度を満喫できるのは「戦後生まれのおじいちゃん・おばあちゃん」と「お父さん・お母さん」と「あなたたち」だけです。
日本の歴史の中で、ずーっと昔の人たちはとても羨ましがっていると思いますよ。
ところが、そんなにみなさんは恵まれているのに、どうも自分で「愛を見つける」のは下手くそな人たちもたくさん存在するようです。
カップルのうち3分の1が離婚するということは、日本人の3分の1は「愛を見失った」わけですね。すごい確率です。
結婚したくても、結婚できない人たちもたくさんいます。結婚相談所という企業・会社も存在しており、お金を払って誰かを紹介してもらう人たちもいます。
これを歴史的に振り返ると、「家長や、周囲が結婚相手を見つけていた時代」から「自分で好きに選べる時代」になり「やっぱり誰かに結婚相手を見つけてもらう時代」に逆戻りしたかのようです。
なんとなく笑ってしまうのは、「あなたのことや相手のことを知っている家族親族に結婚相手を見つけてもらう」よりも、「お金を払って知らない人に探してもらうよう」になるなんて、どちらがいいのか微妙だと思うのは私だけでしょうか?
高校生のみなさんにとっては、「それじゃあ、ちっとも夢も希望もないわ」ということになってしまうかもしれません。ですが、それでは、これまでみなさんの先輩方はどうやって「愛」を見つけてきたのか、ということを振り返ってみると面白いかもしれませんね。
というわけで、今回はみなさん以前の「愛の歴史」つまり「愛の記録、愛のメモリー」を遡ってみることにしましょう。
第一章で、みなさんの先祖が、どのようにこの世界で生きてきたのかを簡単に振り返りました。お父さん、お母さんやおじいちゃん、おばあちゃんの暮らしぶりをなんとなく振り返ってみたのを思い出してみましょう。
今回のお話は、それに多少連動しています。以前は苗字のつながりだけを追いかけましたが、今回は「家族のつながり」を追いかけることになります。
現代の日本人の男女は、すでに「結婚できない、しない」とか「彼氏彼女ができない、いない、いらない」とか、そういった「愛と無縁」の生活を送る人たちの割合が増加しつつあるところです。
今高校生であるあなたが、その人たちの仲間入りをするのか、そうでないのかはわかりませんが、一応どちらの可能性もあるので、全般的な話をしておきましょう。
日本の愛の歴史を振り返ると、「自分が好きな人と自由に付き合ったり、結婚したりできた」という人生を送ることができたのは、ご先祖さま追跡では、
「あなた」と「おとうさん・おかあさん」と「おじいちゃん・おばあちゃん」
の3世代だけです。それ以外の男女は、ほとんどの場合「自分が好きな人と付き合ったり、結婚できなかった」世代ということになります。
現在の私たちや、みなさんの感覚からすると「えーっ!何それ?!じゃあ、みんなどうしてたの?」と驚きの声を上げることになると思いますが、実際そうだったんだから仕方ありません。
日本の愛の歴史では、概ね「日本が戦争に負ける」までは、あなたの先祖は「その親や家族が決めた相手と結婚していた可能性が高い」ということになります。
「あたしの気持ちはどうなるの?」「僕だって好きな人がいるんだ!」という自由な考え方や、権利というものは日本がアメリカに戦争で負けて、『アメリカの自由な考え方がいいんだ!』とみんなが思い始めてから採用されたので、それまでは「家族の大黒柱の家長(おとうさん)が全部決めるんじゃ」ということがまかり通っていました。
なので、あなたから見て、ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんは、「家族同士の付き合い」とか「家柄」とか「村の人間関係」とかの影響を多く受けながら「結婚相手」が決まってゆきました。
これでもまだマシなほうで、ひいひいおじいちゃん・ひいひいおばあちゃんの時代まで遡ると、江戸時代の「身分制度」の影響まで受けるため、身分が違うと結婚できない、ということになってゆくのです。
「お見合い」という言葉は、今も生き残っていますね。好きになったり、恋もしていないのに、顔を合わせて話し合いだけで結婚するシステムが今もあるのは、こうした昔の仕組みの名残です。
ということは、つまり、「好きな人と付き合えて、結婚してもいい」制度を満喫できるのは「戦後生まれのおじいちゃん・おばあちゃん」と「お父さん・お母さん」と「あなたたち」だけです。
日本の歴史の中で、ずーっと昔の人たちはとても羨ましがっていると思いますよ。
ところが、そんなにみなさんは恵まれているのに、どうも自分で「愛を見つける」のは下手くそな人たちもたくさん存在するようです。
カップルのうち3分の1が離婚するということは、日本人の3分の1は「愛を見失った」わけですね。すごい確率です。
結婚したくても、結婚できない人たちもたくさんいます。結婚相談所という企業・会社も存在しており、お金を払って誰かを紹介してもらう人たちもいます。
これを歴史的に振り返ると、「家長や、周囲が結婚相手を見つけていた時代」から「自分で好きに選べる時代」になり「やっぱり誰かに結婚相手を見つけてもらう時代」に逆戻りしたかのようです。
なんとなく笑ってしまうのは、「あなたのことや相手のことを知っている家族親族に結婚相手を見つけてもらう」よりも、「お金を払って知らない人に探してもらうよう」になるなんて、どちらがいいのか微妙だと思うのは私だけでしょうか?
2014年10月12日日曜日
【高校生のための”人生”の教科書08】あえて言おう、縁結びの神様は日本人である
前回、みなさんに少しだけ考えてもらいました。人が「愛し愛される」時に、その相手となる人は、神様のような存在に決められるのでしょうか?あるいはそうしたことを「運命の人」と言ってよいのでしょうか?ということを。
もし仮に、世界中の人たちの「運命の異性」同士を結びつけるような神様が存在するとします。そうすると、その神様は、世界中でもっともあなたにふさわしい人を選んでくれるわけですから、
「日本人のA子さんの運命の人は、アンティグア・バーブーダに住んでいるBさん」
とか
「アメリカ人のCさんの運命の人は、セーシェルに住んでいるDさん」
とか
「アフリカ人のEさんの運命の人は、トリニダード・トバゴに住んでいるFさん」
といったことが起こります。まーったく聞いたことがない国の名前が出てきましたね。もし、あなたが少し暇だったらグーグルで調べてください。そんな国があるそうです。私も知りません。
しかし、この話は考えればすぐに変だということがわかります。
あなたは「自分の運命の人」がまさかバルバドスにいるとは思いもしません。でも、それがアイスランドとか、ルーマニアとか、アメリカとか韓国にだったら、いるかもしれないな、と思うことでしょう。
そう、つまりあなたの運命は「あなたが知っている範囲」にしか存在しない、ということなのです。
もっとぶっちゃけて言えば、「自分の運命の人」は、たいていの日本の高校生は「おそらく日本人」だと思っていると思います。
もっともっとぶっちゃけて言えば、「あなたが付き合うのは」「あなたが恋するのは」「あなたが結婚するのは」「あなたが愛する人は」・・・あなたの行動範囲の中にいるということです。
つまり、あなたが運命だと思って付き合ったり、結婚したりする相手の99%ぐらいは、「あなたの目で見えている範囲」にしかいない、ということなのです。
笑ってしまいますね。そんなものなのです。
あなたが「運命を感じて」付き合ったり、結婚したりする可能性がある異性は、たいてい「おなじ学校」「おなじ会社」「おなじサークル」「おなじ趣味の集まり」ぐらいの中にいます。
どうやら、あなたの人生にとって、「運命の異性と結びつけてくれる神様」は日本人のようです。世界全体からチョイスしてくれるわけでは、なさそうですね。
ちなみに、あなたの友達で「運命の異性を信じている女の子」がいるとしましょう。彼女がある日、
「SNSで知り合ったセントクリストファー・ネイビスに住んでいる男の子が、あたしの運命の人なの!」
と言い出して、彼の顔を見たこともないのに
「彼と付き合うわ!」
なんて言い始めたら、あなたは必死で止めるでしょう。それは詐欺か何かだからやめておけ、と。
考え方によってはひどい話です。運命の神様を詐欺呼ばわりするなんて!!!
でも、この場合99%の確率で、あなたの方が正しく、それは無知な日本人の女子を騙そうとする詐欺だと確信できます。
つまり、99%の確率で、「世界中の男女を結びつける、運命の神様なんていない」ことが証明されたわけです(笑)
まあ、ちょっと上の話は行き過ぎた冗談ですが、この話から言えることは「運命の異性」なんて、たいそうに考えるのは時として「激しい思い込み」かもしれない、ということに気付くべきだ、ということかもしれません。
運命の異性のために、人生を大きく変えることはあなたにとって時としてマイナスになるかもしれません。
「この人だ!」
と全ての男女は思いながら結婚し、そして現代の日本人の離婚率は3人に1人が離婚しますから、30%の確率で
「実はこの人じゃなかった!」
ということが明らかになっているのです。
愛はすばらしいものですが、真実の愛を手に入れることができる確率は、30%以下のようです。
もし仮に、世界中の人たちの「運命の異性」同士を結びつけるような神様が存在するとします。そうすると、その神様は、世界中でもっともあなたにふさわしい人を選んでくれるわけですから、
「日本人のA子さんの運命の人は、アンティグア・バーブーダに住んでいるBさん」
とか
「アメリカ人のCさんの運命の人は、セーシェルに住んでいるDさん」
とか
「アフリカ人のEさんの運命の人は、トリニダード・トバゴに住んでいるFさん」
といったことが起こります。まーったく聞いたことがない国の名前が出てきましたね。もし、あなたが少し暇だったらグーグルで調べてください。そんな国があるそうです。私も知りません。
しかし、この話は考えればすぐに変だということがわかります。
あなたは「自分の運命の人」がまさかバルバドスにいるとは思いもしません。でも、それがアイスランドとか、ルーマニアとか、アメリカとか韓国にだったら、いるかもしれないな、と思うことでしょう。
そう、つまりあなたの運命は「あなたが知っている範囲」にしか存在しない、ということなのです。
もっとぶっちゃけて言えば、「自分の運命の人」は、たいていの日本の高校生は「おそらく日本人」だと思っていると思います。
もっともっとぶっちゃけて言えば、「あなたが付き合うのは」「あなたが恋するのは」「あなたが結婚するのは」「あなたが愛する人は」・・・あなたの行動範囲の中にいるということです。
つまり、あなたが運命だと思って付き合ったり、結婚したりする相手の99%ぐらいは、「あなたの目で見えている範囲」にしかいない、ということなのです。
笑ってしまいますね。そんなものなのです。
あなたが「運命を感じて」付き合ったり、結婚したりする可能性がある異性は、たいてい「おなじ学校」「おなじ会社」「おなじサークル」「おなじ趣味の集まり」ぐらいの中にいます。
どうやら、あなたの人生にとって、「運命の異性と結びつけてくれる神様」は日本人のようです。世界全体からチョイスしてくれるわけでは、なさそうですね。
ちなみに、あなたの友達で「運命の異性を信じている女の子」がいるとしましょう。彼女がある日、
「SNSで知り合ったセントクリストファー・ネイビスに住んでいる男の子が、あたしの運命の人なの!」
と言い出して、彼の顔を見たこともないのに
「彼と付き合うわ!」
なんて言い始めたら、あなたは必死で止めるでしょう。それは詐欺か何かだからやめておけ、と。
考え方によってはひどい話です。運命の神様を詐欺呼ばわりするなんて!!!
でも、この場合99%の確率で、あなたの方が正しく、それは無知な日本人の女子を騙そうとする詐欺だと確信できます。
つまり、99%の確率で、「世界中の男女を結びつける、運命の神様なんていない」ことが証明されたわけです(笑)
まあ、ちょっと上の話は行き過ぎた冗談ですが、この話から言えることは「運命の異性」なんて、たいそうに考えるのは時として「激しい思い込み」かもしれない、ということに気付くべきだ、ということかもしれません。
運命の異性のために、人生を大きく変えることはあなたにとって時としてマイナスになるかもしれません。
「この人だ!」
と全ての男女は思いながら結婚し、そして現代の日本人の離婚率は3人に1人が離婚しますから、30%の確率で
「実はこの人じゃなかった!」
ということが明らかになっているのです。
愛はすばらしいものですが、真実の愛を手に入れることができる確率は、30%以下のようです。
2014年10月11日土曜日
【高校生のための”人生”の教科書07】第二章 これからの愛の話をしよう
第二章 これからの愛の話をしよう
第一章では、まずあなたという人間がこの世界の、それもあなたがいま住んでいるその場所に生きている、ということを幾つかの側面からおさらいしてみました。
それは、どちらかというと”人生”を考える上での「予習」のようなものでした。だって、あなたはすでに、あなたの苗字、あなたの家族、あなたの境遇で生まれてしまったので、それは書き換えることが難しい要素だからです。
しかし、これからあなたの”人生”を考えるに当たっては、「これから新たに作ってゆくことができるもの」がたくさんあるのも事実です。というわけで、この章では、これまでのことではなく、あなたの人生の「これからのこと」にスポットを当てたいと思います。
中でも、最初に取り上げるのは、やはり「愛」でしょう。人間という生き物は、いや、すべての生き物は生殖をして、子孫を作って、そしてこの世界に広がって繁栄してきましたし、またこれからもそうなってゆくことがほぼ大前提です。
(もちろん、中には絶滅してしまった種もいるし、これから絶滅する種もいますが、それは、まあ置いといて)
人類が生殖活動をする上で、その最もベースになっている観念は「愛」です。これは、みなさんのような高校生にとっても「非常に関心のあるテーマ」だと思います。
みなさんは歌謡曲やポップスを聴く事が多いと思います。音楽は一切聴かずに過ごす現代日本の高校生がいるとすれば、それはかなり希少な種族だと思うので、ぜひ私に紹介してください。
そんなみなさんが聴いている音楽の歌詞の中には、大半が男女の間のこと、つまり「愛」に関わることが盛り込まれていると思います。
今、彼氏・彼女がいないあなたでも、「彼氏や彼女に関する話題や、歌詞や、悩みが溢れている」ことは、既にお気づきだと思います。それが、いくら現時点のあなたに無関係だとしても。
ところで、あなたは「運命的な異性が存在する」と思いますか?
あなたを含めた男女の恋や愛について、もしかしたら運命を司る神様のような存在がいて、あなたと誰かを結びつけてくれるような、そんな「運命のひと」がいるかもしれない、と思ったことがあるかもしれません。
人によっては、これを「あたしには、どこかにあたしだけを愛してくれる王子さまが存在するんだ」と思い込んで・・・、いや失礼、思っていることがあるかもしれません。
さあ、どうでしょう。愛や恋や、運命の相手は神様のような存在によって決められるのでしょうか?
もし、そうした相手が存在するのだとすれば、あなたの人生の「ある一部分」は、その相手と巡りあうために使われるべきだと思います。人生に注ぐエネルギーのうち、多くの部分を愛のために使ってもいいんじゃないかな、と思いますよね。
たとえば、誰か好きな人を追いかけて、違う土地に行ったり、仕事を辞めたり、そういうエネルギーを愛のために使う行為も、悪くはなさそうです。
そこまでではなくとも、「運命の相手と恋をして、愛し合って、子どもを作って家族となり、孫が生まれて子孫まで幸せにくらしましたとさ」、という人生を送りたいと誰もが頭の片隅で願うことでしょう。
その一方で、現代の私たちの周りを見回すと、「離婚」したり、お父さんかお母さんの一方しかいない片親だったり、親が再婚して再婚相手に虐待されたり、なんて「愛を取り巻く諸問題」が渦巻いていることも知っているはずです。
結婚する前にも「彼氏に束縛される」とか「彼氏にDV(ドメスティックバイオレンス)される」とか、「彼女だと思っていたら他に男がいた」とか「ブランドバッグを貢がされた」とか、それはもう、「愛を取り巻く大問題」も渦巻いているのです。
就職しても非正規社員なので、結婚なんてしばらくできそうもない、という人たちもいます。今高校生のあなたたちが、もう数年後には、そういった人生のレールに乗っているかもしれません。
とにかく、これは大変な事態です。
この世界には、どうやら「運命の人とめぐり合えた人たち」と、「運命だと思っていたけれど、違った人たち」と、「運命の人に巡り合えない人たち」と、そもそも、「誰とも付き合わなくていいや」という人たちの4種類ぐらいいそうですね。
あなたは、どのパターンを選ぶことになるのでしょうか。
第一章では、まずあなたという人間がこの世界の、それもあなたがいま住んでいるその場所に生きている、ということを幾つかの側面からおさらいしてみました。
それは、どちらかというと”人生”を考える上での「予習」のようなものでした。だって、あなたはすでに、あなたの苗字、あなたの家族、あなたの境遇で生まれてしまったので、それは書き換えることが難しい要素だからです。
しかし、これからあなたの”人生”を考えるに当たっては、「これから新たに作ってゆくことができるもの」がたくさんあるのも事実です。というわけで、この章では、これまでのことではなく、あなたの人生の「これからのこと」にスポットを当てたいと思います。
中でも、最初に取り上げるのは、やはり「愛」でしょう。人間という生き物は、いや、すべての生き物は生殖をして、子孫を作って、そしてこの世界に広がって繁栄してきましたし、またこれからもそうなってゆくことがほぼ大前提です。
(もちろん、中には絶滅してしまった種もいるし、これから絶滅する種もいますが、それは、まあ置いといて)
人類が生殖活動をする上で、その最もベースになっている観念は「愛」です。これは、みなさんのような高校生にとっても「非常に関心のあるテーマ」だと思います。
みなさんは歌謡曲やポップスを聴く事が多いと思います。音楽は一切聴かずに過ごす現代日本の高校生がいるとすれば、それはかなり希少な種族だと思うので、ぜひ私に紹介してください。
そんなみなさんが聴いている音楽の歌詞の中には、大半が男女の間のこと、つまり「愛」に関わることが盛り込まれていると思います。
今、彼氏・彼女がいないあなたでも、「彼氏や彼女に関する話題や、歌詞や、悩みが溢れている」ことは、既にお気づきだと思います。それが、いくら現時点のあなたに無関係だとしても。
ところで、あなたは「運命的な異性が存在する」と思いますか?
あなたを含めた男女の恋や愛について、もしかしたら運命を司る神様のような存在がいて、あなたと誰かを結びつけてくれるような、そんな「運命のひと」がいるかもしれない、と思ったことがあるかもしれません。
人によっては、これを「あたしには、どこかにあたしだけを愛してくれる王子さまが存在するんだ」と思い込んで・・・、いや失礼、思っていることがあるかもしれません。
さあ、どうでしょう。愛や恋や、運命の相手は神様のような存在によって決められるのでしょうか?
もし、そうした相手が存在するのだとすれば、あなたの人生の「ある一部分」は、その相手と巡りあうために使われるべきだと思います。人生に注ぐエネルギーのうち、多くの部分を愛のために使ってもいいんじゃないかな、と思いますよね。
たとえば、誰か好きな人を追いかけて、違う土地に行ったり、仕事を辞めたり、そういうエネルギーを愛のために使う行為も、悪くはなさそうです。
そこまでではなくとも、「運命の相手と恋をして、愛し合って、子どもを作って家族となり、孫が生まれて子孫まで幸せにくらしましたとさ」、という人生を送りたいと誰もが頭の片隅で願うことでしょう。
その一方で、現代の私たちの周りを見回すと、「離婚」したり、お父さんかお母さんの一方しかいない片親だったり、親が再婚して再婚相手に虐待されたり、なんて「愛を取り巻く諸問題」が渦巻いていることも知っているはずです。
結婚する前にも「彼氏に束縛される」とか「彼氏にDV(ドメスティックバイオレンス)される」とか、「彼女だと思っていたら他に男がいた」とか「ブランドバッグを貢がされた」とか、それはもう、「愛を取り巻く大問題」も渦巻いているのです。
就職しても非正規社員なので、結婚なんてしばらくできそうもない、という人たちもいます。今高校生のあなたたちが、もう数年後には、そういった人生のレールに乗っているかもしれません。
とにかく、これは大変な事態です。
この世界には、どうやら「運命の人とめぐり合えた人たち」と、「運命だと思っていたけれど、違った人たち」と、「運命の人に巡り合えない人たち」と、そもそも、「誰とも付き合わなくていいや」という人たちの4種類ぐらいいそうですね。
あなたは、どのパターンを選ぶことになるのでしょうか。
2014年10月10日金曜日
【高校生のための”人生”の教科書06】人生を決めるのは誰か
前回の説明で、あなたの体の中に流れている遺伝子やDNAが、あなたの苗字と大きく離れていることをお話しました。
それでも、あなたは現在の苗字を名乗らなくてはいけないし、結婚してさらに子孫に伝達するか、あるいは配偶者の苗字を名乗るか、ということになるわけです。
これも「既に決まっていてどうしようもないこと」のひとつです。私たちは自由な社会の中で生活しているようで、そうではないこともあるという一例ですね。
ところで、なぜ「苗字」の話をしたのでしょうか。それはあなたの「家」(家族)に関することだからです。
この文章は「人生に関する教科書」ですが、実はあなたが生まれる前までは、「人生」というのは自分で決めるものではなく「家・家族・家父長・家柄」によって決められていた時代が長くありました。
あなたは自分の人生をあなた自身で決めるチャンスがありますが、あなたの先祖の大半は、自分で決めることができない人生を送っていたようなのです。もういちど、あなたの先祖を確認してみましょう。
あなた・お父さん(お母さん)・おじいさん・ひいおじいさん・ひいひいおじいさん・ひいひいひいおじいさん・ひいひいひいひいおじいさん
これで、あなたを合わせておなじ苗字の7代の家系を拾い出しました。ちょっとずつ、あなたの先祖の人生をタイムスリップして見てみましょう。
==========
あなたのお父さんは、あなたから見て「おじいさん」が土地を持っていたかいなかったか、によって人生を大きく変えられています。
あなたのおじいさんも、同じように「ひいおじいさん」が土地を持っていたかいなかったか、によって人生が変わっていました。
まあ、基本的にみーんなそうなので、ちょっと違う視点も混ぜてみましょうね。
あなたのお父さんの世代は、前にも少し話しましたが同級生がやたらたくさんいた世代なので、「常に競争」が起こっていました。
進学するにも、就職するにも競争だったので、いい学校・いい会社に入れた人とそうでない人がたくさん分かれました。
この頃には既に、都会と田舎がはっきりわかれており、大きい会社はみな都会に出来ていたので、人々はサラリーマンになるべく大勢都会に出てゆきました。
つまり、基本的には都会の人口が増えて、田舎の人口が減る動きが起こっていた、ということです。
あなたのおじいさんの世代も、基本的にはお父さんの時代と似ています。人口が多く、田舎から都会へ、という動きも同じです。ところが、大きく違うのは、あなたのおじいさんの世代の少し前まで、日本は戦争をしていて、そして負けたということです。
日本は焼け野原で、なーんにもなく、社会はボロボロでした。そこから、日本人はいろんなものを作って、外国へ商品を売って、経済的に発展したわけですが、なぜそれが出来たかといえば、日本がボロボロで賃金も安かったからです。
ちなみに、あなたのお父さんが就職してはじめてもらった給料は、18万円くらいだったはずですが、おじいさんが就職してはじめてもらった給料は3万円くらいでした。
3万円が18万円になるくらい、この間に日本は経済成長をしたのですが、逆の言い方をすれば、賃金が3万円で安かったので、世界中から仕事が舞い込んだということでもあります。
ついこの間まで、中国や韓国といったアジアの国は賃金が安かったので、給料が高くなってしまった日本から仕事がどんどんなくなりました。まあ、今はそんな状況です。
給料が3万円から18万ということは6倍です。おとうさんとおじいさんの世代の違いで6倍もお金が増えるのであれば、おとうさんの給料に比べてあなたは18×6=108万、初任給は108万円もらわなくては割がありませんね。
でも、それは確実にムリです。あはは、笑うしかありません。
あなたのひいおじいさんの時代は、戦争中でした。戦争中なので、「人生をこうしたい」とか「ああしたい」とか自由はありませんでした。多くの人は徴兵されて、海外で戦わされて、死にました。人生もクソもなかった時代を、とにかくありとあらゆる手段で生き延びたのが、あなたのおじいさんの時代だったのです。
あなたのひいひいおじいさんの時代は、江戸時代から明治に切り替わり、戦争へと日本が突き進んだ時代でした。この頃は、人生を決めるのは常に「その家のお父さん」でした。家父長制度と言いますが、一族の中で「お父さん」が常になんでも決める決定権を持っており、子供達はそれに従うのが当り前だったのです。親が「こうしろ」と決めたことは、その通りしなくてはなりません。そういう意味では、ひいひいおじいさんの人生を決めたのは「ひいひいひいおじいさん」だったかもしれませんね。
そこから先は江戸時代です。人生は家柄で決まっていました。武士の子は武士になるように育てられ、農家の子は農家になるように、商人の子は商人として基本的に育ちました。自由はあまりありません。
こうして見てゆくと「人生について悩むチャンスがある」のはせいぜいあなたを含めて3世代くらいしかないことがよくわかることでしょう。
「自分で人生を決める」ことができたのは、おとうさんとあなたくらいのもので、それ以外の時代の人たちは、ある程度周りによって決められていたり、焼け野原から立ち上がったり、と苦労の連続だったのです。
自由である、ということは、素晴らしいことです。しかし、反面この世界から「ほったらかしにされる」ということでもあります。「何をしてもいいよ。何を選んでもいいよ」ということは「好きにすれば?あんたなんかどうでもいいよ」ということとすごく似ています。紙一重、と言ってよいくらいです。
なので、あなたがこれから人生を過ごしてゆくに当たっては、あなたの先祖たちの誰よりも自由であるがゆえに、「しっかり考えないと、ほったらかしにされる」ということでもあるのです。これは、とても怖いことです。
こういうことを知っておいてほしいので、私はこの教科書を書いているわけです。
それでも、あなたは現在の苗字を名乗らなくてはいけないし、結婚してさらに子孫に伝達するか、あるいは配偶者の苗字を名乗るか、ということになるわけです。
これも「既に決まっていてどうしようもないこと」のひとつです。私たちは自由な社会の中で生活しているようで、そうではないこともあるという一例ですね。
ところで、なぜ「苗字」の話をしたのでしょうか。それはあなたの「家」(家族)に関することだからです。
この文章は「人生に関する教科書」ですが、実はあなたが生まれる前までは、「人生」というのは自分で決めるものではなく「家・家族・家父長・家柄」によって決められていた時代が長くありました。
あなたは自分の人生をあなた自身で決めるチャンスがありますが、あなたの先祖の大半は、自分で決めることができない人生を送っていたようなのです。もういちど、あなたの先祖を確認してみましょう。
あなた・お父さん(お母さん)・おじいさん・ひいおじいさん・ひいひいおじいさん・ひいひいひいおじいさん・ひいひいひいひいおじいさん
これで、あなたを合わせておなじ苗字の7代の家系を拾い出しました。ちょっとずつ、あなたの先祖の人生をタイムスリップして見てみましょう。
==========
あなたのお父さんは、あなたから見て「おじいさん」が土地を持っていたかいなかったか、によって人生を大きく変えられています。
あなたのおじいさんも、同じように「ひいおじいさん」が土地を持っていたかいなかったか、によって人生が変わっていました。
まあ、基本的にみーんなそうなので、ちょっと違う視点も混ぜてみましょうね。
あなたのお父さんの世代は、前にも少し話しましたが同級生がやたらたくさんいた世代なので、「常に競争」が起こっていました。
進学するにも、就職するにも競争だったので、いい学校・いい会社に入れた人とそうでない人がたくさん分かれました。
この頃には既に、都会と田舎がはっきりわかれており、大きい会社はみな都会に出来ていたので、人々はサラリーマンになるべく大勢都会に出てゆきました。
つまり、基本的には都会の人口が増えて、田舎の人口が減る動きが起こっていた、ということです。
あなたのおじいさんの世代も、基本的にはお父さんの時代と似ています。人口が多く、田舎から都会へ、という動きも同じです。ところが、大きく違うのは、あなたのおじいさんの世代の少し前まで、日本は戦争をしていて、そして負けたということです。
日本は焼け野原で、なーんにもなく、社会はボロボロでした。そこから、日本人はいろんなものを作って、外国へ商品を売って、経済的に発展したわけですが、なぜそれが出来たかといえば、日本がボロボロで賃金も安かったからです。
ちなみに、あなたのお父さんが就職してはじめてもらった給料は、18万円くらいだったはずですが、おじいさんが就職してはじめてもらった給料は3万円くらいでした。
3万円が18万円になるくらい、この間に日本は経済成長をしたのですが、逆の言い方をすれば、賃金が3万円で安かったので、世界中から仕事が舞い込んだということでもあります。
ついこの間まで、中国や韓国といったアジアの国は賃金が安かったので、給料が高くなってしまった日本から仕事がどんどんなくなりました。まあ、今はそんな状況です。
給料が3万円から18万ということは6倍です。おとうさんとおじいさんの世代の違いで6倍もお金が増えるのであれば、おとうさんの給料に比べてあなたは18×6=108万、初任給は108万円もらわなくては割がありませんね。
でも、それは確実にムリです。あはは、笑うしかありません。
あなたのひいおじいさんの時代は、戦争中でした。戦争中なので、「人生をこうしたい」とか「ああしたい」とか自由はありませんでした。多くの人は徴兵されて、海外で戦わされて、死にました。人生もクソもなかった時代を、とにかくありとあらゆる手段で生き延びたのが、あなたのおじいさんの時代だったのです。
あなたのひいひいおじいさんの時代は、江戸時代から明治に切り替わり、戦争へと日本が突き進んだ時代でした。この頃は、人生を決めるのは常に「その家のお父さん」でした。家父長制度と言いますが、一族の中で「お父さん」が常になんでも決める決定権を持っており、子供達はそれに従うのが当り前だったのです。親が「こうしろ」と決めたことは、その通りしなくてはなりません。そういう意味では、ひいひいおじいさんの人生を決めたのは「ひいひいひいおじいさん」だったかもしれませんね。
そこから先は江戸時代です。人生は家柄で決まっていました。武士の子は武士になるように育てられ、農家の子は農家になるように、商人の子は商人として基本的に育ちました。自由はあまりありません。
こうして見てゆくと「人生について悩むチャンスがある」のはせいぜいあなたを含めて3世代くらいしかないことがよくわかることでしょう。
「自分で人生を決める」ことができたのは、おとうさんとあなたくらいのもので、それ以外の時代の人たちは、ある程度周りによって決められていたり、焼け野原から立ち上がったり、と苦労の連続だったのです。
自由である、ということは、素晴らしいことです。しかし、反面この世界から「ほったらかしにされる」ということでもあります。「何をしてもいいよ。何を選んでもいいよ」ということは「好きにすれば?あんたなんかどうでもいいよ」ということとすごく似ています。紙一重、と言ってよいくらいです。
なので、あなたがこれから人生を過ごしてゆくに当たっては、あなたの先祖たちの誰よりも自由であるがゆえに、「しっかり考えないと、ほったらかしにされる」ということでもあるのです。これは、とても怖いことです。
こういうことを知っておいてほしいので、私はこの教科書を書いているわけです。
2014年10月9日木曜日
【高校生のための”人生”の教科書05】あなたのお父さんのお父さん・・・は
前回のお話の最後に、「これまでに起きてしまったことはしょうがない」みたいなことを言ったと思います。
あなたは今の両親のもとに生まれてきてしまい、あなたは今の土地に住まざるを得ず、あなたは今の容姿で、あなたは今の能力を持っています。
この世界で生きてゆく上で、どうしようもないことというのはたくさんあります。なぜ、それがどうしようもないのかは、「一つは土地のせいだ」ということもこれまでにお話しました。
では、今回は、「あなたの人生」を考えるに当たって、あなたの先祖はどうやって生きてきたのかを考えてみたいと思います。彼らは、一応あなたにとっては「人生の先輩」です。どんな人であっても「あなたが過ごすかもしれない、人生の先例」となることは確かです。
ですので、ここからはあなたのお父さんのお父さんの、そのまたお父さんの・・・。という視点でお話したいと思います。
==========
ちょっとまって!どうして「お父さん」なの?「お母さんのお母さんの、そのまたお母さんの・・・。」でもいいじゃない!と女子のみなさんは怒り出すかもしれませんね。
もちろん、その通りです。お父さんとお母さんがいなければ、あなたは存在しません。現代の世界の科学技術では、まだ「男性」もしくは「女性」の片側だけで子孫を増やすことはできていません。
家族として一緒に生活している「お父さん、お母さん」はいない人もいるかもしれませんが、生物学的には、かならず父親と母親は存在する、というのがヒトの生態です。
参考までにお話しますが、今これを読んでいるあなたは、必ず絶対確実に「何万年もこの世界の争いや災いや事件や変動の中で、生き残ってきたものすごい幸運の持ち主」であることは確かです。
意味がわかりますか?たいていの人は、そんなことに気付きません。
あなたが今これを読んでいるということは、あなたの一族の中で、あなたに繋がる家系が「第二次世界大戦を生き延びた」ということです。もし、あなたに繋がる誰かが戦争で死んでいたら、あなたは生まれていないからです。
あなたが今これを読んでいるということは、あなたに繋がる誰かが「関東大震災に巻き込まれて死ななかった」ということです。「江戸時代の飢饉で飢え死にしなかった」ということです。
「富士山の噴火で死ななかった」とか「戦国時代に戦いで死ななかった」とか、そういうことでもあります。
そうです。あなたに繋がる誰かは、常に「死ななかった」のです。たくさんの人が争いや自然災害で死んでゆく中、あなたに繋がる誰かは「なんとか生き残った」のだということを覚えておきましょう。
もっと言えば、あなたの先祖は「氷河期でも死ななかった」し「恐竜が絶滅しても、あなたの先祖になった生き物は絶滅しなかった」のです。
もっともっと言えば、「地球に生命が生まれた時から、あなたの先祖の誰かはほんのわずか生き延びた生き物の中にいた」ということです。
あなたは、地球上の生命誕生から、ずっとずっと「死ななかった小さな集団」の末裔です。
あなたは、超ラッキーボーイ!もしくは超ラッキーガール!なのです。実は。
==========
少子化が進んで、「生まれてくる可能性がない人たち」というのが今後増えることは、以前にもお話しました。あなたの同級生の中で、「結婚できない」とか「子孫を残せない」人たちがかなりの確率で存在することをお話しました。
その人たちは、これまでのラッキー歴史が、そこでストップです。何万年ものラッキーは、いよいよそこでおしまいで、もうその人たちの子孫は、この文章を読むことはできません。残念。
しかし、あなたは今の自分の人生がそこまで「ラッキー」だとはまだ思えないでしょう。せいぜい、普通か、あるいは「自分はいろいろ苦しんでいる」と思っていることだと思います。
それはそれで大丈夫。オールオッケーです。人生のうちで高校生の時ほど苦悩する期間はありません。私もそうでしたし、きっと私の父もそうでしたし、私の祖父もそうだったでしょうから。
ところで、話がかなり脱線しましたね。お父さんの話でした。お父さんだけではなく、お母さんももちろん大事なので、両親というものの話をしたのでした。
ですが、あえてここはお父さんに絞ります。なぜか?それは、今これを読んでいるあなたが日本人・日本国籍だと仮定して、そしてほとんどすべての人に「苗字・姓」がついていると思うからです。
あなたが外国から来た人であれば、ごめんなさい。少しの間、日本の仕組みを説明するので、付き合ってくださいね。
ちなみに、あなたには「姓・苗字」がない、かもしれません。ほんのわずかですが、これを読んでいるあなたが皇族であるならば、一般の日本人についているような苗字がないからです。その場合は、この文章を読まずとも、人生はあらかた周囲のいろんな人の圧力で決められてしまうでしょうから、むしろ読まないほうが幸せかもしれません。
==========
あなたにはどんな苗字がついていますか?
日本人の場合、あなたの苗字はあなたのお父さんが継承して、その苗字になっていることが多いと思います。もちろん、お母さんが苗字を継ぐこともありますが、その一世代上ではお父さんが継いでいるなど、基本はお父さんを通して継承されることが大半です。
あなたの一族がずっと、お母さんのお母さんのそのまたお母さんの苗字を受け継いでいるとしたら、ちょっと珍しいかもしれません。
どうして苗字の話をするのか。
それは、あなたの名前はいよいよあなたの生活に不具合があったり、問題続きだったりしたら「あなたの自由意思で変える方法がある」のに対して、あなたの苗字は基本的には「変えることができない」からです。
(名前は、家庭裁判所の改名手続きによって変えることができます。)
苗字というのは、あなたがあなたの家族というグループに属していることの証として使われます。一般的には、「あなたのお父さんの家のグループ」に属することを示すために、あなたの苗字はお父さんの苗字と一緒になります。
歴史をたどれば、明治8(1875)年に「平民苗字必称義務令」という命令が出て、日本人は全員苗字を名乗ることになりました。ということは、あなたの苗字は2014年現在で最低139年遡ることができる、というわけです。
(もっと昔から苗字を名乗ることを許されていた人たちもいますが、それは江戸時代の身分制度にかかわることなので、ここではスルーしておきましょう)
あなたの苗字が「佐藤」さんであると仮にしましょう。現在高校生のあなたのお父さんは40歳から50歳ぐらいかもしれません。あなたのおじいさんは、仮に当時の人が25歳前後で子どもを作ったとすれば、65歳から75歳くらいになる、ということですね。
139年をこの考え方で割ってゆくとどうなるでしょう。
40+25+25+25+25+25=140ですから、「おとうさん」「おじいさん」「ひいおじいさん」「ひいひいおじいさん」「ひいひいひいおじいさん」「ひいひいひいひいおじいさん」ぐらいの時から、あなたの一族は「佐藤」さんだということになります。
この最後の「ひいひいひいひいおじいさん」を仮にご先祖ですので「先蔵(せんぞう)」さんだったとします。(親父ギャグです)
明治に「佐藤先蔵」を名乗ったあなたのご先祖がいました。この人を初代とするとあなたは7代目になります。
あなたはもちろん、佐藤○○くん、佐藤○○さんですから、立派な佐藤家の一員であり、佐藤家の子孫です。あなたは何の疑いもなく自分は佐藤くん、佐藤さんだと思っているはずです。
ところが、実はおかしなことが起こっているのです。
それはどういうことか?
先蔵さんには奥さんがいて、子供ができます。その人にも奥さんがいて子供ができます。つまり、血縁・DNA的にはつながりは半分になるということを、もしかしたら中学校の理科の時間で習ったかもしれません。
あなたは7代目ですから、先蔵さんの遺伝子・DNAをどれくらい受け継いでいるかといえば、半分が7回ですから、1/2を7回くり返した数字になります。
それは、1/32ですので、パーセントに直せば3..125%という数字です。
3.125%って何?どういうこと?
と、あなたはまだピンと来てないかもしれませんね。あなたの遺伝子のうち3%だけが佐藤さんの遺伝子で、残り97%は他の家の人の遺伝子だということです。
つまり、あなたの体の97%は佐藤さんじゃないのに、あなたは「佐藤さん」を名乗っているということです。すごいでしょ?!
これが、日本で暮らし、日本人であるということの一側面なのです。あなたはすでに「ほとんど佐藤じゃない体なのに佐藤に支配されている」わけです。嫌な言い方をすれば。
あなたが何も疑わず「佐藤だれそれ」として生きているとすれば、実はあなたの人生の中身の大半は「佐藤じゃなかったんだ!」ということなのです。
あなたは今の両親のもとに生まれてきてしまい、あなたは今の土地に住まざるを得ず、あなたは今の容姿で、あなたは今の能力を持っています。
この世界で生きてゆく上で、どうしようもないことというのはたくさんあります。なぜ、それがどうしようもないのかは、「一つは土地のせいだ」ということもこれまでにお話しました。
では、今回は、「あなたの人生」を考えるに当たって、あなたの先祖はどうやって生きてきたのかを考えてみたいと思います。彼らは、一応あなたにとっては「人生の先輩」です。どんな人であっても「あなたが過ごすかもしれない、人生の先例」となることは確かです。
ですので、ここからはあなたのお父さんのお父さんの、そのまたお父さんの・・・。という視点でお話したいと思います。
==========
ちょっとまって!どうして「お父さん」なの?「お母さんのお母さんの、そのまたお母さんの・・・。」でもいいじゃない!と女子のみなさんは怒り出すかもしれませんね。
もちろん、その通りです。お父さんとお母さんがいなければ、あなたは存在しません。現代の世界の科学技術では、まだ「男性」もしくは「女性」の片側だけで子孫を増やすことはできていません。
家族として一緒に生活している「お父さん、お母さん」はいない人もいるかもしれませんが、生物学的には、かならず父親と母親は存在する、というのがヒトの生態です。
参考までにお話しますが、今これを読んでいるあなたは、必ず絶対確実に「何万年もこの世界の争いや災いや事件や変動の中で、生き残ってきたものすごい幸運の持ち主」であることは確かです。
意味がわかりますか?たいていの人は、そんなことに気付きません。
あなたが今これを読んでいるということは、あなたの一族の中で、あなたに繋がる家系が「第二次世界大戦を生き延びた」ということです。もし、あなたに繋がる誰かが戦争で死んでいたら、あなたは生まれていないからです。
あなたが今これを読んでいるということは、あなたに繋がる誰かが「関東大震災に巻き込まれて死ななかった」ということです。「江戸時代の飢饉で飢え死にしなかった」ということです。
「富士山の噴火で死ななかった」とか「戦国時代に戦いで死ななかった」とか、そういうことでもあります。
そうです。あなたに繋がる誰かは、常に「死ななかった」のです。たくさんの人が争いや自然災害で死んでゆく中、あなたに繋がる誰かは「なんとか生き残った」のだということを覚えておきましょう。
もっと言えば、あなたの先祖は「氷河期でも死ななかった」し「恐竜が絶滅しても、あなたの先祖になった生き物は絶滅しなかった」のです。
もっともっと言えば、「地球に生命が生まれた時から、あなたの先祖の誰かはほんのわずか生き延びた生き物の中にいた」ということです。
あなたは、地球上の生命誕生から、ずっとずっと「死ななかった小さな集団」の末裔です。
あなたは、超ラッキーボーイ!もしくは超ラッキーガール!なのです。実は。
==========
少子化が進んで、「生まれてくる可能性がない人たち」というのが今後増えることは、以前にもお話しました。あなたの同級生の中で、「結婚できない」とか「子孫を残せない」人たちがかなりの確率で存在することをお話しました。
その人たちは、これまでのラッキー歴史が、そこでストップです。何万年ものラッキーは、いよいよそこでおしまいで、もうその人たちの子孫は、この文章を読むことはできません。残念。
しかし、あなたは今の自分の人生がそこまで「ラッキー」だとはまだ思えないでしょう。せいぜい、普通か、あるいは「自分はいろいろ苦しんでいる」と思っていることだと思います。
それはそれで大丈夫。オールオッケーです。人生のうちで高校生の時ほど苦悩する期間はありません。私もそうでしたし、きっと私の父もそうでしたし、私の祖父もそうだったでしょうから。
ところで、話がかなり脱線しましたね。お父さんの話でした。お父さんだけではなく、お母さんももちろん大事なので、両親というものの話をしたのでした。
ですが、あえてここはお父さんに絞ります。なぜか?それは、今これを読んでいるあなたが日本人・日本国籍だと仮定して、そしてほとんどすべての人に「苗字・姓」がついていると思うからです。
あなたが外国から来た人であれば、ごめんなさい。少しの間、日本の仕組みを説明するので、付き合ってくださいね。
ちなみに、あなたには「姓・苗字」がない、かもしれません。ほんのわずかですが、これを読んでいるあなたが皇族であるならば、一般の日本人についているような苗字がないからです。その場合は、この文章を読まずとも、人生はあらかた周囲のいろんな人の圧力で決められてしまうでしょうから、むしろ読まないほうが幸せかもしれません。
==========
あなたにはどんな苗字がついていますか?
日本人の場合、あなたの苗字はあなたのお父さんが継承して、その苗字になっていることが多いと思います。もちろん、お母さんが苗字を継ぐこともありますが、その一世代上ではお父さんが継いでいるなど、基本はお父さんを通して継承されることが大半です。
あなたの一族がずっと、お母さんのお母さんのそのまたお母さんの苗字を受け継いでいるとしたら、ちょっと珍しいかもしれません。
どうして苗字の話をするのか。
それは、あなたの名前はいよいよあなたの生活に不具合があったり、問題続きだったりしたら「あなたの自由意思で変える方法がある」のに対して、あなたの苗字は基本的には「変えることができない」からです。
(名前は、家庭裁判所の改名手続きによって変えることができます。)
苗字というのは、あなたがあなたの家族というグループに属していることの証として使われます。一般的には、「あなたのお父さんの家のグループ」に属することを示すために、あなたの苗字はお父さんの苗字と一緒になります。
歴史をたどれば、明治8(1875)年に「平民苗字必称義務令」という命令が出て、日本人は全員苗字を名乗ることになりました。ということは、あなたの苗字は2014年現在で最低139年遡ることができる、というわけです。
(もっと昔から苗字を名乗ることを許されていた人たちもいますが、それは江戸時代の身分制度にかかわることなので、ここではスルーしておきましょう)
あなたの苗字が「佐藤」さんであると仮にしましょう。現在高校生のあなたのお父さんは40歳から50歳ぐらいかもしれません。あなたのおじいさんは、仮に当時の人が25歳前後で子どもを作ったとすれば、65歳から75歳くらいになる、ということですね。
139年をこの考え方で割ってゆくとどうなるでしょう。
40+25+25+25+25+25=140ですから、「おとうさん」「おじいさん」「ひいおじいさん」「ひいひいおじいさん」「ひいひいひいおじいさん」「ひいひいひいひいおじいさん」ぐらいの時から、あなたの一族は「佐藤」さんだということになります。
この最後の「ひいひいひいひいおじいさん」を仮にご先祖ですので「先蔵(せんぞう)」さんだったとします。(親父ギャグです)
明治に「佐藤先蔵」を名乗ったあなたのご先祖がいました。この人を初代とするとあなたは7代目になります。
あなたはもちろん、佐藤○○くん、佐藤○○さんですから、立派な佐藤家の一員であり、佐藤家の子孫です。あなたは何の疑いもなく自分は佐藤くん、佐藤さんだと思っているはずです。
ところが、実はおかしなことが起こっているのです。
それはどういうことか?
先蔵さんには奥さんがいて、子供ができます。その人にも奥さんがいて子供ができます。つまり、血縁・DNA的にはつながりは半分になるということを、もしかしたら中学校の理科の時間で習ったかもしれません。
あなたは7代目ですから、先蔵さんの遺伝子・DNAをどれくらい受け継いでいるかといえば、半分が7回ですから、1/2を7回くり返した数字になります。
それは、1/32ですので、パーセントに直せば3..125%という数字です。
3.125%って何?どういうこと?
と、あなたはまだピンと来てないかもしれませんね。あなたの遺伝子のうち3%だけが佐藤さんの遺伝子で、残り97%は他の家の人の遺伝子だということです。
つまり、あなたの体の97%は佐藤さんじゃないのに、あなたは「佐藤さん」を名乗っているということです。すごいでしょ?!
これが、日本で暮らし、日本人であるということの一側面なのです。あなたはすでに「ほとんど佐藤じゃない体なのに佐藤に支配されている」わけです。嫌な言い方をすれば。
あなたが何も疑わず「佐藤だれそれ」として生きているとすれば、実はあなたの人生の中身の大半は「佐藤じゃなかったんだ!」ということなのです。
2014年10月5日日曜日
【高校生のための”人生”の教科書04】土地があるということ、土地がないということ
前回は人生には、大きく分けて「土地を持っている人生」と「土地を持っていない人生」の2通りしかない、という話をしました。
そして、これからのあなたの人生が土地とどう関わるかは一先ず置いておいて、それでもあなたのこれまでの人生と土地はどうやら関わっているらしい、という話をしましたね。
ですので、まずは土地がなぜそんなに重要なのか、を話しておきましょう。
土地、というのは人が住むための場所です。基本的には。自分がこの地球に生まれて「そこにいていいよ」「そこで生きていていいよ」と自他共に認める場所がなければ、とても不安だろうことは想像がつきますね。
もちろん、世界には遊牧民のように移動して暮らしている人たちもいますが、遊牧で移動していても、その土地はおなじ国内であり、「そこにいていい」という保証があるから移動できるわけです。
世界中どこを探しても、よその国へでかけていって、その土地の牧草を勝手に家畜に食べさせたりすることで暮らしている民族はいません。残念ながら、そんな暮らしをしている人たちは真っ先に「土地を持っているその地の人たち」によって滅ぼされてしまうでしょう。
世界中のすべての紛争は、土地をめぐって発生しています。戦争はすべて土地がらみです。
日本で言えば、竹島の問題や尖閣諸島の問題が外国との摩擦を生んでいますが、あれも当然土地問題だと言えます。
土地をめぐって人が殺されたり、殺したりする。それほどまでに土地は重要なのです。
==========
少し話がワールドワイドになってしまいましたが、「土地」は住むところという意味だけでなく、別の側面も持っていることを説明しておきましょう。
それは「お金になる」あるいは「別の価値を生む」ということです。
田んぼや畑であれば農作物を作ることができます。食料を生み出します。宅地であれば、売り買いすればお金になります。なので土地を持っていることは「お金と密接に関係する」わけです。
前回までの記事で、あなたがなぜあなたの町で暮らしているかを話しました。それは土地のせいなのですが、それだけでなく、あなたの暮らしぶりも土地に大きく関わりがあります。
都会の中に土地を持っていたお父さんは、その土地にアパートを建てたり、駐車場にしたりして小金を持っているかもしれません。
田舎に田んぼを持っているお父さんは、赤字なのに米をつくらなくてはいけないかもしれません。
マンションを買ったお父さんは、住宅ローンの支払いに悩まされているかもしれません。
賃貸住宅に住んでいるお父さんは、ずっと家賃を払い続けなくてはいけません。
すると、当然、子どもであるあなたの暮らしぶりにも影響が出てきます。土地があるほうがいいのかないほうがいいのかは、そのお家の状況次第ですが、必ずあなたの暮らしぶりに関係が出てくるのです。
それは、「経済・お金の問題」に変換されて表面に出てくる、ということですね。
土地は住むためだけでなく「経済の問題」つまり「資産や負債」としても人生に関わってきます。売れない山奥の田んぼばかり持っている人もいるし、地主として収益を得ている人もいます。
あなたはそうしたお父さんたちの子どもですから、いずれそれらの利益や負債を受け継ぐことになるかもしれません。
あるいはそうしたあなたのお家の家計の状態によっては、「大学へ進学できる、できない」「留学できる、できない」「資格をとれる、とれない」といった人生の選択肢と関わってくるのです。
これはたいへんなことですね。あなたの努力とは無関係に、そうした状況が生まれているのですから。
ですが、こうしたことは「すでに起きてしまったこと」なので文句が言えません。あなたを取り巻くいかなる状況も、基本的には文句が言えないので、あなたの人生でどうにかしなくてはならないのです。
なので、あなたは人生において「あなたがどうしたいか、あなたがどうするのか」ということを考えなくてはなりません。
お父さんやお母さんがいま「そうなっている」ことは、あなたのお父さんやお母さんの人生においてそうなってしまっているので、それはこの際どうしようもありません。
で、あなたは、どうしますか?
ということなのです。
そして、これからのあなたの人生が土地とどう関わるかは一先ず置いておいて、それでもあなたのこれまでの人生と土地はどうやら関わっているらしい、という話をしましたね。
ですので、まずは土地がなぜそんなに重要なのか、を話しておきましょう。
土地、というのは人が住むための場所です。基本的には。自分がこの地球に生まれて「そこにいていいよ」「そこで生きていていいよ」と自他共に認める場所がなければ、とても不安だろうことは想像がつきますね。
もちろん、世界には遊牧民のように移動して暮らしている人たちもいますが、遊牧で移動していても、その土地はおなじ国内であり、「そこにいていい」という保証があるから移動できるわけです。
世界中どこを探しても、よその国へでかけていって、その土地の牧草を勝手に家畜に食べさせたりすることで暮らしている民族はいません。残念ながら、そんな暮らしをしている人たちは真っ先に「土地を持っているその地の人たち」によって滅ぼされてしまうでしょう。
世界中のすべての紛争は、土地をめぐって発生しています。戦争はすべて土地がらみです。
日本で言えば、竹島の問題や尖閣諸島の問題が外国との摩擦を生んでいますが、あれも当然土地問題だと言えます。
土地をめぐって人が殺されたり、殺したりする。それほどまでに土地は重要なのです。
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少し話がワールドワイドになってしまいましたが、「土地」は住むところという意味だけでなく、別の側面も持っていることを説明しておきましょう。
それは「お金になる」あるいは「別の価値を生む」ということです。
田んぼや畑であれば農作物を作ることができます。食料を生み出します。宅地であれば、売り買いすればお金になります。なので土地を持っていることは「お金と密接に関係する」わけです。
前回までの記事で、あなたがなぜあなたの町で暮らしているかを話しました。それは土地のせいなのですが、それだけでなく、あなたの暮らしぶりも土地に大きく関わりがあります。
都会の中に土地を持っていたお父さんは、その土地にアパートを建てたり、駐車場にしたりして小金を持っているかもしれません。
田舎に田んぼを持っているお父さんは、赤字なのに米をつくらなくてはいけないかもしれません。
マンションを買ったお父さんは、住宅ローンの支払いに悩まされているかもしれません。
賃貸住宅に住んでいるお父さんは、ずっと家賃を払い続けなくてはいけません。
すると、当然、子どもであるあなたの暮らしぶりにも影響が出てきます。土地があるほうがいいのかないほうがいいのかは、そのお家の状況次第ですが、必ずあなたの暮らしぶりに関係が出てくるのです。
それは、「経済・お金の問題」に変換されて表面に出てくる、ということですね。
土地は住むためだけでなく「経済の問題」つまり「資産や負債」としても人生に関わってきます。売れない山奥の田んぼばかり持っている人もいるし、地主として収益を得ている人もいます。
あなたはそうしたお父さんたちの子どもですから、いずれそれらの利益や負債を受け継ぐことになるかもしれません。
あるいはそうしたあなたのお家の家計の状態によっては、「大学へ進学できる、できない」「留学できる、できない」「資格をとれる、とれない」といった人生の選択肢と関わってくるのです。
これはたいへんなことですね。あなたの努力とは無関係に、そうした状況が生まれているのですから。
ですが、こうしたことは「すでに起きてしまったこと」なので文句が言えません。あなたを取り巻くいかなる状況も、基本的には文句が言えないので、あなたの人生でどうにかしなくてはならないのです。
なので、あなたは人生において「あなたがどうしたいか、あなたがどうするのか」ということを考えなくてはなりません。
お父さんやお母さんがいま「そうなっている」ことは、あなたのお父さんやお母さんの人生においてそうなってしまっているので、それはこの際どうしようもありません。
で、あなたは、どうしますか?
ということなのです。
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