2017年3月28日火曜日

”Fランク大学の学生を採用したらこうなった”が面白かった件



 今日のヤホーで配信されていた「Fランク大学の学生を採用したらこうなった」がめちゃくちゃ面白かったので、ついついコメントしてしまいそうです。



 やほー版 「Fランク大学の学生を採用したらこうなった」
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170327-00010000-storys-life



 元ネタ STORYS版 「学歴フェイルターを無視してFラン大学の学生に内定を出した話」
 http://storys.jp/story/7242



 簡単に言えば、人事担当者が、上司の「一定の学力がある大学の学生以外は取るな」という指示に逆らいながら、それでも偶然下の大学から上ってきたA君を採用する、というお話です。



 オチまでぜひ読んでほしいのですが、結果「A君は5日で辞めた」のだとか!(苦笑)





 「学力と能力は比例するのか」とか「それでも中にはレベルの低い大学にも良き人材がいるのではないか」とか、その手の話はもはや巷に出回りすぎていて、


「学歴フィルターなるもの」も、一種の都市伝説で、逆に「Fラン大学から出てきた逸材」も一種の都市伝説なのではないか、みたいな話になってきているように思います。





 ヨシイエから見ると、ヨシイエは一応教育の専門家でしたので、



「えーっと、みなさん『できる人材がいるのではないか』とか、『意欲や能力が高い人材が、Fランク大学に紛れているはず』とか、どちらかというと



 個人の事象を焦点に当てた話しぶり


をしてはりますけど、この内容は、実はズバリ



 確率論



だったりするのよ」


と断言できます。



 そうなんです。これはズバリ、確率論のお話で、


「良いとされている大学には、良いとされる人材が確率的に多い」


「悪いとされている大学には、良いとされる人材が確率的に少ない」

 
ということなのです。







 だから学力と能力の「相関関係」についても、実際にどのように関係が結ばれており、どのような関係が発現するのかをちまちま論じているよりも、


「結果として、確率的にはどうなん?」


ということのほうが、オチが早くなってしまうというわけなのです。



 ”良い大学を出たものは、良い能力があると推定される”という永遠のテーマは、教育かいわいでも「ラベリング理論」として、すでに有名です。


 また、それに反論するならば、「ある一定の能力(学力)と別の能力(たとえば体力)は、脳の領域固有性により、連動するとは限らない」ということも、脳科学のかいわいではすでに有名です。



 しかし、それも個別のお話で、それらの人材を「層」「かたまり」「群」でみてゆくと、



「確率的に、よい大学にはよいとされる人材が多い」


ということは言えるでしょう。なぜなら、よい大学に入るためには「いくつかの選別作業が行われている」からです。



 日常的に、勤勉に学習すること。日常的に基本的な生活習慣があること。逆に、一発勝負の試験にもあるていど強いこと。他者との競争において、結果を出せること。


などなど。


 良いとされる大学の学生は、上記のような選別を受けていますので、当然「確率的に良く」なります。



 逆にFランク大学生は、必要な選別作業を受けていません。なので、確率的には、その中に良いと推定される人材が存在する確率が低いのです。




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 話は簡単です。これはみかんなのです。



 MサイズとLサイズに選別されたみかんが箱に100個入っているとして、もう片方には完全無選別のみかんが箱に100個入っているとしましょう。


 無選別の箱にも、かならずLサイズのみかんは入っています。


 そこで、どちらの箱からも「1分間だけ手探りでみかんを手で面接してなでまわすことができるとして、ひとつだけ取り出してみなさい」という作業を面接官に与えます。


 この場合、Lサイズのみかんを採用できる確率はどちらが高いですか?


ということなのです。


 MLサイズの箱から、Mサイズのみかんを選んでしまうことはあるかもしれません。しかし、もう一つは無選別ですから、Lサイズのみかんをチョイスするのは至難のワザです。



 この時に、面接官Aが「自分なら無選別の中からLを見極められるぜ」と豪語したとします。


 そこにもう一人の面接官Bが「じゃあ、MLサイズの箱から僕はなんにも考えずに一個取り出しますね」と言ったとします。


 その時に、面接官Aが優秀なLサイズを探り当てるのか、それとも面接官BがLサイズを探り当てるのかどちらだと思いますか?


 賢明なるみなさんは、もうお分かりですね。


 「それは実は単なる確率論やな」


と。そういうことなのです。




 採用現場もそうなのでしょうが、実は送り出す側の学校の人間も、実は若者たちを「個人個人」では捉えていません。もちろん、個別の指導はしますが、ベースになるのはあくまでも



層・群


です。


 高校の段階ですら、「これくらいの層は、こういう上級学校へ進学する」とか「こういう層は、就職に強いだの弱いだの」ということは、確率的にデータを持っているのです。



 そのことを知っている者たちからすれば、今回のような議論は不毛です。もう答えは出ているのですから。



 確率論だということは



「面接官である君が、一生懸命一人の人材を選んだとしても、確率的に高い箱から引けるのであれば、わたしが無作為に抽出した人材のほうが、結果的に能力は高いことになる」


ということがオチなのです。くわばらくわばら。










2017年1月24日火曜日

<吉家流儲かる起業塾16>クラウドワークスやランサーズの活用法 ~儲からない秘密教えます~




 儲かる起業塾のはずが「儲からない」話をするとは本末転倒ですが、 まあ、今流行の「クラウドソーシング」がどうなっているのかを知っておくのは勉強になると思うのでそんな話を。



 日々、「儲けるためにはどうすればいいのか」を模索しているヨシイエですが、クラウドソーシングに潜入して、そこで夜な夜なあんなことやこんなことが行われているのか、探っている最中です。




 先日もブログで報告しましたが、さらに別のサイトも追加したので、現在 4社 のクラウドソーシング会社の潜入捜査を実施中。



 クラウドワークス
 https://crowdworks.jp/


 ランサーズ
 http://www.lancers.jp/


 クラウディア
 https://www.craudia.com/


 シュフティ
 https://www.shufti.jp/


 なんだかみんな似たようなロゴの色使いばっかりですが、基本的なシステムが似たり寄ったりなので、そこは目をつぶりましょう。



 WELQやDeNAのキュレーションメディア騒動以降、あからさまなコピペライター養成仕事は減っていますが、それでもまだあります。
 

 ”コピペはダメだけど、オリジナル記事を安価でたくさん書いて欲しい”


という業務の依頼だって、もちろんナンボでもあります。ブログメディアの記事代筆とかも。


  ただ、陰に隠れたのかどうかはわかりませんが、依頼主が大手から個人や小さい会社に変わっている感じはします。雰囲気的には。




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 さて、こうしたクラウドソーシング業界、



■ クラウドソーシング運営会社

■ 仕事の依頼主

■ 仕事の受注者



 3者とも、「たいして儲からんだろうなあ」とヨシイエ的には思います。



 クラウドワークスで言えば、月収20万円稼いでいるユーザーが111人しかいなかった件が盛り上がりましたが、実際に各社で案件をずっとリストで見ていると


「これは本格的で高単価な仕事だな」


と思われるものは少なく、


「まあ、ちょっとお金出して比較的難易度の低い仕事を依頼しているな」


というものが多く、


「これ、とりあえずたくさんデータが欲しいだけなんだな」


というものがめちゃくちゃ多いわけです。ということは、運営会社にとっては、


「手数料収入は、それほどおいしくないだろう」


ということが予想されるわけです。おまけに、依頼主からの案件報酬は「できるだけ低いいほうへ、ベクトルが向かう」わけなので、 運営会社から見れば、未来へいけば行くほど



「ちっこい手数料収入がたくさん増えるだけで、大きなプロジェクトは、値下がり傾向」



になるはずです。これはシステムとしては、”欠陥”といってよいかもしれません。






 一方、仕事の依頼主から見ると、すでに各所で指摘されているとおり、


「本当にいい仕事をする人は、直接取引に移行してたりするので、クラウドソーシングにいる安価なワーカーは、つまり使えない人材しか残っていない」


ことになります。これでは、まともな高単価案件を依頼しなくなります。





 そして最後にワーカーからすると、WELQ騒動以降顕著になったように、「コピペ等なしのオリジナルをこれまでと同じ値でやってくれ」なわけですから、「仕事の単価は下がり、求められる内容は高度になる」ということです。




 こりゃ、三者とも儲からない方向へまっしぐらですね。




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 実は私もやっているココナラでさえ、運営会社は赤字のようなので、



 「単価が安い案件をなんぼ山ほどかき集めて手数料取っても、たかがしれとるんじゃ!」


ということなのです。オチは。



 そうなると、運営サイトとしては体力・資本力勝負であり、依頼主からすれば


「まともなアウトソーシングシステムとしては、相手にしちゃいかん。せいぜいネーミングの募集とか、意見調査・アンケートぐらい」


の立ち位置で見るべきであり、最後にワーカーからすれば、


「企業勤めの代替にはけしてならない、せいぜいお小遣い稼ぎのサイト」


ということになってしまうというわけ。



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 しかし、小遣いサイトとしてはなかなか強力で、これはまた別にお話しましょう。








2017年1月23日月曜日

子育てママが、新型シエンタではなく新型フリードを買うべき3つの理由



 

 現在、トヨタの新型シエンタと絶賛大一騎打ちをしている真っ最中のホンダ「新型フリード」ですが、販売台数の軍配は、トヨタさんのほうがやや上回っているようです。


 ところが、現在現役の子育て中ママである私の妻の界隈では、



 ミニバンの使い勝手



について、あれやこれやいろんな文句や要望が出ているようで(^^;



 たとえば、



「カッコつけて旦那がエルグランドやら、アルファードを買ったけど、あんなもん大きすぎてスーパーへ行きたくない!」



とか、


「結局アタシ用には、ピンクのパッソを新しく買った」



とか、そんな話ばかり。 子育て世代にとって、子供やおじいちゃん・おばあちゃんを含めた多人数乗りとサイズの問題は、シビアに難しいようです。




 さて、そんなこんなで 日経ビジネスオンライン さんの人気コーナー



「フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える」にフリードの話
 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/194452/012000098/



が出ましたので、 ぜひミニバン検討中の方は、ご一読を。




 今回すごくためになったのは、ホンダの開発者の田辺さんとの対談。



「そこよ!そこがツボなのよ!」



と思わず膝を打つ、シエンタVSフリードのちょっといい話が聞けたので、ご紹介します。







【子育てママが新型シエンタではなく、新型フリードを買うべき1つ目の理由】



 ミニバンを選びたいなら、断然フリード!


 お話にも出てきますが、新型シエンタは「コンパクトカーに、3列目が加えられたもの」というイメージが当たっているのですが、新型フリードは


「最初からミニバン3列目をふだん使いする前提で作られている」


というところがミソです。


 なんと言っても、私のブログでもリサーチしているとおり、(そして開発者さんも推しているとおり!)


★詳しくは以前の記事

 もう悩まない! フリードVS新型シエンタ ~キャプテンシートとベンチシート徹底比較~

 http://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2015/12/vs.html

を見てね!



「新型フリードのキャプテンシートなら、どこへでも移動できる」


ということがミソなのです。


 新型シエンタの3列目を使うには、一度車からおりてシートを倒さなければならない!これが、新型フリードとの大きな差です。








 【子育てママが新型シエンタではなく、新型フリードを買うべき2つ目の理由】


 チャイルドシートを使うなら、断然フリード!


 新型シエンタでチャイルドシートを使う場合、実はとんでもないことが判明したのです。



 それは、チャイルドシートがある状態で3列目をたたもうとすると、チャイルドシートを外さなくてはならない!


ということ。シエンタの3列目は、2列目の下ににダイブして隠れるようになっているので、3列目をしまうには、チャイルドシートを外さなくてはならないのです。


 その点、新型フリードは、左右跳ね上げ式なので、2列目がどうなっていようとまったく関係なく、3列目だけ片付けることができます。


 子育てママの場合「きょう、買い物が多いから3列目を倒したい!」と思うことが多いと思いますが、フリードならそれがすぐに可能だというわけです。






  【子育てママが新型シエンタではなく、新型フリードを買うべき3つ目の理由】


 子供が2人産まれたら、シエンタではダメ!


 これも開発者さんが指摘しておられますが、チャイルドシートを2つ設置する場合には、


「2列目に左右一つずつチャイルドシートをつけて、運転席におとうさん、助手席におかあさんが座る」


可能性が大きい場合、



3列目には、乗り込むことができない



ということが起きてしまうのです!


 なぜか!それは、3列目にアクセスする場合は、2列目の一部の席が倒れて後ろへいくスペースを空けるわけなので、チャイルドシートが2つついていると、2列目を倒せないのです。



 それが、新型フリードのキャプテンシート仕様なら、2列目に2つチャイルドシートがついていても、真ん中に通路があるので、どこからでも3列目へ移動できる、というしくみ。





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 というわけで、ヨシイエ的には、だんぜん「フリードキャプテンシートモデル」を推しています。


 ご参考になさってください!


2016年12月22日木曜日

ランサーズとクラウドワークスに潜入してみた件 ~1円ライターって、高単価だったのね!~



 前回の記事

ライターの哲学 ~1円ライターは組織的窃盗団の片棒を担がされたのか~

http://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2016/12/blog-post_13.html

で、



 ライターとは何ぞや



とか



 1円ライターとパクリメディアについて



とか、いろいろ書いたので、クラウドソーシングの実態について知りたくなって、




今さらながら




クラウドワークスとランサーズにどんな案件が出ているのか



について潜入捜査してみました(^^




 そしたら、「聞いて驚け見て笑え」な状態で、



1文字1円どころか、(初心者向けライティングでいえば)1文字0.1円


が相場だというから、ビックリくりくりタマゲッゲーでございます。





 そして当然のごとく、先日からキュレーションパクリ問題の余波として、



 1文字0.1円以下なのに、コピペ・パクリは許しません!



な条件がバンバンついており、貧者はますます追い詰められてゆくのでありました。




 これも前のブログで書いたとおりになってるだけですね。



ライター業の終焉 〜ライターという仕事、肩書きが無力化される!〜
http://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2016/12/blog-post_7.html



 まさに「悪貨は良貨を駆逐する」であり、かつ「水は低きに流れる」感じです。





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 ヨシイエは、職業的に言えばモノ書きではありませんが、モノを書いてお金を貰うことは多々あるわけで、そういう意味では右足の指先くらいは、ライター業に突っ込んでいる気もします。


 しかし、基本的には「お金を貰わない」こういったブログもそうだし、あるいはお金を貰う案件であっても



 自分の書きたいことしか書かない



というのが基本的スタンスです。



 そんな「どこそこの観光地についてデートプランを書け」とか、「借金の体験について書け」とか言われても、デートするキラキラ女子を先に紹介してほしいし借金取りまがいの債務者を追いかけた話しか書けません。



 ええ、百歩譲って「作家として、見てきた風に実際と違うことを書け」と言われたら、書ける事は書けるけれども、



 あんたのプロットより、わしのプロットのほうが絶対に面白いから、そんなもん書けるか~!



となってしまうのがオチです。



 結局のところ、私にとっては



「文字は道具」である


ので、あくまでも主体はこちらにあって、


「文字の奴隷」になる


ことは嫌だなあ、と思うわけで。




 ただ、青少年の頃から、「溢れんばかりの自己表現」に満ち満ちていたヨシイエ少年の過去を振り返ると一つだけいえることがあります。


 ヨシイエは小説も書くし、論文も書くし、雑誌記事だって書いたことあるし、音楽もやるし映像も作るし、モノづくりもしますが、



 そりゃ、一番自分の表現したいことを如実に表すことができるのは映像



だと思っています。 これは間違いない。思ったとおりのものを「目で見てわかる」モノに仕上げるのは、とてつもない快楽です。表現者からすればね。




 しかし、「一番金がかかり、自分では思い通りにいかないのも映像」だったりするのです。演者や対象物や対象者が必要なので、それは自分ではないため


「けして思い通りにならない存在を相手にする」


ことになるからです。




 その点、文章はすごいです。


 なんせ金がかからず、自分の身ひとつで完結することができるからです。



 もちろん、金をかけて取材するなどもできますが、金をかけずに済ます方法がなんぼでもある、というのは魅力です。


 だからこそ、ライターの報酬もダダ下がりになりつつあるのでしょうが、 それなら



 好き放題ブログでも書いて、アドセンス貼っとくほうがマシ



なのかもしれません。



 いろいろご意見あるとは思いますが、ヨシイエ的にはこの問題は難しいです。それぞれの立場もあるしね。













2016年12月13日火曜日

ライターの哲学 ~1円ライターは組織的窃盗団の片棒を担がされたのか~




 毎度おなじみ、ネットの片隅で何かを叫ぶヨシイエ孝太郎です。



 WELQをはじめとした一連のキュレーション騒動で、「激安ライターを使って、パクリ記事を大量量産するビジネスモデルはどうやねん」という問題が燃え上がったわけですが、ここにきて、テーマが少し移動してきたように思います。


 それは、そもそもの定義に関わるところの



 ライター



とは何か問題、についてということになるでしょうか。



 キュレーションが、本来たくさんの情報をある一定の表現のために「まとめたり寄せたり編集して見せたり」するような作業であるのに対して、


 パクる


ことが実態になっているという件と同じように、”ライター”によるライティングが本来は「取材して整理して中身を編集して書く」作業であるのに対して、



 ただ文字を書く



ことが実態になっているのが、どうやねん!ということです。「それをライターと呼んでいいのか問題」ですね。



 この問題については、ここ1日2日で、専業の方から1円ライターの方まで、いろいろな意見を述べておられるので、少しだけ拝読してみましょう。




1円ライター問題、「現場の声」から見るキュレーションサイトが生まれた問題
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinoharashuji/20161212-00065323/

(篠原修司さん)


はてな匿名ダイアリー
http://anond.hatelabo.jp/20161210001409

(おそらく本業の?ライターさん)


1円ライターから見た、キュレーションサイト「炎上」の現場
http://magazine-k.jp/2016/12/08/writing-for-curation-media/

(コグチスミカさん)




 これらの意見をさらりとまとめてみると、



■ 本業(高級)ライターから言いたいのは、「パクるな!コピるな」ということ

■ コピる作業は、ライターとは定義できない。


■ ライターとは、自力でネタを集めてきて処理して出力するまでの仕事である。

■ 書くという作業が介在しているだけで、コピペ・キュレーションとは定義が異なる。


■ 子育て一円ライターという職業の場によって救われている人たちもいるのではないか。

■ パクリメディアがあるから食いつなげている人もいる。



ということになるでしょうか。




 上の6行を読んだだけで、勘のいい人はすぐわかることがあると思いますが、それは、



「ライターとは何ぞや」という問題と、「貧者が食べていく」問題はまったく無関係の話である



ということでしょう。



 このことについてはヨシイエも完全に同意します。


 たとえば、古本屋さんという業種があって、そこで大量の中古物品が買い取りされたり販売されたりしているわけですが、街のゴミ捨て場から古本を拾ってきて売っている個人がいるとして、「わしこれで食べとりまんねん」と言われても、



 いや、ゴミ捨て場からまず勝手に取ってくるのはあかんやろ



という次元の話なので、貧者であったり子育てママであったりすることは言い訳にはなりません。





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 ヨシイエは、ふだんは世を忍ぶ仮の姿で会社員をしています。しかし、このブログをずっと読んでいる人にはもうバレていると思うので書きますが、


  その昔、高校で国語を教えていたプロだったりする


わけです。おまけに、「情報」という科目も教えていたので、コンピュータ業界にも一応は精通しています。


 あるいは、いちおうは小説家として、ほんの片足だけ生足を外にちらりと覗かせたこともあるので、


モノを書くとはどういうことか


については、それなりに理解している”はず”だったりします。


 
 そうした背景がある中で「ライターとはなんぞや」という原点に戻るならば、それはやはり



「ライターとは、自分の心のうちを表現する存在である」



ということが根幹になってくるのではないかと思います。



 それが純粋に創作的な心のうちであれば、作家という職業に寄ってゆくでしょうし、外界のありようを通じて「自分のそれに対する思い」を表出するのであればルポライターなどに寄ってゆくのだと思いますが、



「誰かに何かを伝えようとする、書き手の外に溢れる意思」



がなければ、ライターとは呼べないように感じます。(個人の感想です)





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 とすれば、 書くという作業を介在させたとしても、「自分の思いではない何かを書き写し、あるいは右から左へ受け流す作業」というのは、自分の意思のない



文字の奴隷



に他なりません。文字の奴隷になっているから、物理的にも報酬が少なく、こきつかわれることになるわけです。






 とまあ、ここまでは哲学であり、理想論です。



 しかしながら、この話には続きがあって、「いや、だが、まてよ。本来であればライターとはそうであるべきだが、


 食べていく
 

となると、話は別だ」


という第二ラウンドが待っているのです。



 職業としてモノを書くという作業は、自分の思いの表出とは異なる仕事です。 お金を貰って書くというのは、


「自分の思いを持っているクライアントの依頼で、アウトプットの作業を代行する」


という側面が出てきます。


 だから宣伝記事を書いたり、コピーを考えたりするわけですが、いくら代行作業とは言え


「思いを持っているクライアントの意図を汲み取り、聞き出し、変換し、確認して書き起こす」


という任務が待っていることを忘れてはいけません。



 出発点が「自分の思い」では無いだけで、やることは本質的には同じなのです。





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 ここまでくると、職業ライターとは何か、という定義までなんとか辿りつけたように思いますが、最後に今回のキュレーション炎上問題の本質をあぶり出してみたいと思います。



■ 1円ライターの方々は、職業ライターとしても実は用件を充たしていない任務をしていた。それは、「クライアントから、テーマにあった文章を書けとは言われたが、クライアントの”思い”の代行どころか、その”思い”なんてものが最初から存在しない案件であった」ということである。


 これが、第一段階です。


 1円ライターさんは、「依頼主の要望に答えよう」とはしています。ところが、普通であれば、クライアントは「こういう思いを代行してね」と頼むのが普通なのに、そこには最初から”思い”なんてものが無い依頼だったのです。






■ キュレーションメディアがさせようとしていたのは、「いいか君たち、ゴミ捨て場でもどこでもいいから、落ちている古本をとにかくたくさん拾ってきて、それを綺麗にして持ってくるんだ」という任務だった。


・・・わかりやすいようにたとえ話にしていますので、 「コピペされたネタ元記事をゴミ扱いしている」わけではないです。そこは誤解なきよう。あくまでもたとえ話です。


 ヨシイエの意図はそこではありませんので、あしからず。


 さて、第二段階です。1円ライターがさせられていた仕事は、古本集めです。それも集め方の指示があり、おまけに、どうすれば集めてきた古本が綺麗に出来るかまで指導していました。






■ キュレーションメディアは、大きな店舗で集めてきた古本を綺麗な体裁にして大々的に売り出した。外から見ると、「なんとかオフ」みたいに立派な店ではあったが、そこに並んでいた古本が入手された経緯は、すでに述べたようなものであった。



 これが最終形態です。このように出来上がった立派な店舗が、キュレーションサイトそのものだったというわけです。



 これで、全体像がわかりましたね。



 こういうのを見て、みなさんはすべてが腑に落ちたことと思います。



 ええ、これは「組織的窃盗団」以外の何モノでもありません。





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 さて、ここで1円ライター食べてゆく問題へと話を戻しましょう。キュレーションメディアという依頼者・クライアントが1円ライターにさせていた仕事は、


 ライティングでもなんでもなく、窃盗作業


だったことが、今明らかになったわけです。





 ヨシイエは上のたとえ話で、「書店から新しい本を盗んでこい」と言われた話ではなく、あえて「落ちている古本」「ゴミ捨て場の古本」という表現を使いました。


 重ねていいますが、コピペされた記事主さんの表現物を「ゴミ」とたとえているわけではなく、本当の意図はそこではありません。


「新書を本屋さんでパクってこい」


と言われれば、すべての1円ライターはさすがに「それはまずいやろ」とすぐに気付きます。



 ところが、「ゴミとして捨てられているものを拾ってきて」と指示されたのです。


 それが「引用」という作業です。



 「ゴミ捨て場から不要なものをもってゆくのなら、まあいいのかな」と思わせるのがミソなのです。

 「引用だから、まあいいのかな」と思わせるのがミソなのです。


  この微妙なラインをついてきた窃盗団の、いやらしさがわかるというものです。





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 1円ライターがやらされたことは、組織的窃盗団の巧妙な罠にかかっての仕事でした。


 貧者は往々にして、こうした話に知らず知らずのうちに乗せられ、ただのバイトだと思っていたらいつのまにか犯罪の片棒を担がされていた、ということが起きるのです。


 この記事をもしコグチスミカさんが読んだとしたら、何か感情が変化するかもしれません。


  
 みなさんは、どう思われたでしょうか?
 








 





 











2016年12月9日金曜日

新卒でも転職でも、採用面接で訊けばすべてがわかる魔法の質問はたったの2つ!





 ふだんは、某中小企業の管理職としてサラリーマンをしている吉家ですが、これまでにいろんな職や役割をしてきた中で


 誰かを選抜するとか、試験する


ということを多々実施してきた経験があります。



 それは、今の会社で言うなれば、採用の可否を判断するとか、以前の仕事であれば、何らかの合否を判定するとか、成果物に点数をつける、とかそういうことなのですが、この日本社会においておそらく最も重要な試験や選抜となっているのは



 就職試験、採用選抜



において他はないと思います。




 この就職における採用選抜というのは、古くは



■  家柄などの出自に関わるもの


■ 学歴や出身校などの学力にかかわるもの




などが用いられてきて、それから近年はそれらに対する反省も踏まえて


■ コミュニケーション能力や、これまで身につけてきたもの


などを重視しているのが昨今だと思います。




 ところがどんどこしょ。





東洋経済オンラインより
「コミュ力だけ就活生は通用しない」
http://toyokeizai.net/articles/-/96991



などの記事にもありますが、実態としてはコミュ力だけある就活生に騙されて、実はあまり実務能力がない人を採用してしまう、などの問題が頻発しているのも事実なのです。




 では、採用試験や採用選抜、あるいは面接でどのようなことを注意すれば、その人の本来の力を判定することができるのでしょうか。



 吉家孝太郎的には、とても簡単で、かつ「その人物の仕事に対する真実を判定できる」ものすごい質問を2つ挙げたいと思います。




 明日からでも、さっそくすべての企業がこの質問を投げかければ、すばらしい人材が採用できることは請け合いです。




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 その前に、この質問では何を見ているのかを解説しておきます。


 仕事というのは、基本的にはプロとしてその業務内容をきちんと遂行することと、それによって利益を稼ぐことが中心です。


 そして、学生と社会人の大きな違いは、 



「学生時代までに行うことは、全て努力すれば一定の成果が現れるもの」

 であるのに対して 

「社会においては自分だけがいかに努力しても結果が出なかったり、あるいは完全なる不本意の状態でも任務を遂行しなくてはいけないことが多い」


 ということに尽きると思います。



 であれば、学生時代にどんなサークルでどんな成果を挙げたかとか、学生時代にどんなことに取り組んだかとかは、




 実はあまり関係がない




ということになるわけです。



 未来のことは誰にもわかりません。その人材がこの会社でどのような未来を「作り出せるのか」は採用面接者にはわからないのです。


 なので、採用人事では、これまで「学生時代という過去に何をやってきたか」ということを尋ねて、会社に入社後の未来に彼に何ができるのかを推測しようとしているのですが、実はそれは



「過去の実績と未来の実績はほとんど無関係」



と言ってもよいくらい、万人に予想するのが難しい命題だと言えるでしょう。



 すべての企業では、例えるならハンカチ王子が活躍するかどうかを高校生の時に面接で決めて判定する、ということをやっていますが、



 ハンカチ王子があんなことやこんなことになるなんて、どうして未来がわかりましょうや。


ということなのです。




 そこでヨシイエ式採用面接では、2つの質問をします。その質問は実は「尋ねている」のではなく


 未来を担保する


という作業を実はしています。これは受験者・就活生においても「未来を担保する」ということでもあるし、会社の方も「未来を担保する」ということをやります。

(会社と社員は公平な立場である、という前提に基づきます)




 では、いよいよ、その質問を公開しましょう。




■ 質問1

「うちの会社は、年商20億円です。従業員が50人ですから、一人当たり年間4千万円ずつ売り上げていることになり、毎月では333万円ずつ売り上げていることになります。


 さて、ここで会社はひとつあなたにお約束をします。あなたにはこれから、すぐかどうかはわかりませんが、何か一つの仕事を自由に遂行できる権限をお渡ししようと思っています。

 つまり、あなたが責任者で、あなたがリーダーとなって一つの仕事を立ち上げてくれてかまわないということです。


 そこで質問です。


 あなたは、毎月333万円売り上げるために、どんな仕事をしますか?あるいはどんなプロジェクトを立ち上げますか?そのアイデアと、実際にその任務についた時にあなたが何をするかを説明してください。」



 
■ 質問2


「最初の質問で、当社はあなたに一つのプロジェクトをいつか必ず任せるということをお約束しました。しかし、ここでもう一つだけ、お断りをしておかなくてはいけないことがあります。


 当社においては、すべての従業員に最初のお約束を叶えようとしていますので、そうなるとこれもすぐかどうかはわかりませんが、あなたの思いとは異なったり、アイデアや手法があなたの理想とは違う手段で仕事が遂行されている部署での勤務をしていただくことが必ずあります。その部署では、あなた以外の人が、その人なりのアイデアと手法で、最初の問題を解決しようとしているからです。


 このように全くあなたの意に添わず、あなたの考えるあなたらしさが発揮できない仕事内容が生じることも確実に生じることをお約束しておきます。


 では、あなたはこの任務についた時に、333万円に到達するためにどのように行動するかを教えてください」





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 これは大変に難しい質問です。


 どのようにすれば毎月333万円のお金を稼げるのか。そのアイデアを出せというのは、


■ 業界の状況と、業務の内容をしっかりと理解していること

■ 自分なりに意欲的に行動することの具体的中身

■ そのアイデアに誠意があり、コンプライアンスに適合するかの人間性

■ 口先だけでない実現可能性(必ず君にやらせる、と言っていることから)


などを総合的に判定することができるのです。



 まず、意欲や能力がない人材は、この質問に回答する前に辞退します。

  とにかくお金を稼げばいいんだ、という荒い発想の人間は、コンプライアンス的にグレーな方法を提示するでしょう。

 正直に、「思いつかなかった」と謝る人間もいるでしょう。その人材を合と見るか否と見るかは、会社次第です。


 滅私奉公的な労働量で実現させようとする者もいるでしょう。そういう人材が欲しければ採用すればいいことです。


 仮に、本当にいいアイデアを持ってくる若者がいれば、早期に彼を抜擢してさせてみればいいわけです。



 
  2つ目の質問では、逆境や苦しい・不本意な状況で受験者や就活生がどのような思考をするかを見ています。


 もちろん、この質問でも、辞退しようとする人材がいると思います。


 口先だけでは、破綻します。なぜなら会社はそういう状況に君を置く、と約束しているからです。


 そして恐ろしいことにその状況でも333万円を売らねばならないのです。




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 これから書くことは、面接における模範回答でも、正解でもありません。


 上の質問には答えなんか最初からありません。どんな人材でも、パーフェクトな正解を答えることは、難しいと思います。




 ですが、実際にあなたやわたしの会社では、毎月333万円を売り上げているから、今会社員でいられるということも



 紛れもない事実



です。



 なぜ、それが可能になっているのでしょうか?



 それは、「嫌なことや、自分が望ましいと思っていない状況下でも努力している」とか、「1人では達成できないけれど、チームやシステム全体でそれを実現している」とか、「表舞台もあれば裏舞台もあって、それぞれが誠実に任務を遂行している」とか、



 そういう日々の積み重ね



が、会社の成立を実現させているのです。



(だからといって、「日々の積み重ねとチームの仕事で333万円稼ぎます」と回答するヤツは、どうして合格することができるでしょう。

事実がそこだからといって、これは回答ではない、というのはそういう意味です)



 大事なのは、そうした事実の下であっても、自分は何が出来るかを考え、また答えのない業務であってもくじけずに励むことができる人材のはずです。



 上記2つの質問は、まさに最初からそのことを直接尋ねていることになります。


 ご活用ください。










 

































2016年12月7日水曜日

ライター業の終焉 〜ライターという仕事、肩書きが無力化される!〜



 ついに、他メディアも含めて、全面凍結の勢いになりつつある「キュレーションメディア問題」ですが、ネットメディアのあり方がどうあるべきかとか、著作権と引用の話とか、モラルとか、そういうのをぜんぶすっ飛ばして



 ライター業界が終わった!



ということを感じずにはいられない今日この頃です。




 それを痛感したのは、女子SPAさんのこんな記事



DeNAだけじゃない、300円でパクリ・嘘記事を書く”ブラック内職”の実情
https://joshi-spa.jp/628011



からです。


 ここでも、記事募集の実態が暴露されていて



■ コピペでよい、は当たり前


■ 架空記事でもよい


■ もはや妄想でもOK


みたいな無茶苦茶な実態が挙げられているわけです。




 そしてなおかつ、それらの駄文記事が、1文字1円以下の低報酬で調達されていることが、「ブラックである」と指摘されているわけですが、問題はここからです。




 じゃあ、今回のような事実が明かになったからといって、ネットメディアにおけるライター報酬が上がるか?



と言われれば、おそらくそういう方向にはいかないだろう、ということが想像できるのではないでしょうか?




 そうならないことが良いのですが、実際にこれから起きてくるのは、



「低予算、低報酬で、できる限り信頼性のある良質な記事を書くように」



という命令が生まれてくるだけで、 「高収入で責任ある文章」がライターに課せられるのではない、と考えるのです。




 なぜ、そう思うのか。





 もし、高品質かつ高収入な文章がライターとの間でやりとりされるとすれば、その書き手は、品質を担保できる人間でないといけない、ということになります。


 となると、仮に吉家孝太郎というライターがいて、この人物が品質を担保できるかどうかは誰にも判断できないことに、わりと早い段階で気づきます。



 そうすると、品質の確かな、たとえば医療記事であれば「医師、吉田浩一郎」さんが書き手であれば、その内容が担保されうるだろうと推定できます。



 ここで生じるのは、一人のライターが不要になり、一人の有資格者が文章を書くことになるという動きだと思うのです。




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 このことが示すのは、ライターという肩書きの無力化に他なりません。ライターという肩書きだけでは文章の品質を担保できないので、


「研究者が書いています」

「従事者が書いています」

「専門家が書いています」


というスタイルにせざるを得ないのです。(そこにゴーストを介在させたとしても)




 こうした肩書きなしではライター業が成り立たないとすれば、プロのライターであっても、生きていくのが厳しくなるのは必至でしょう。



 もちろん、今回のパクリメディアで利用された、兼業主婦ライターとか、クラウドネットライターなどがお払い箱になるのは言うまでもありません。





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 しかし、現実には、上の仮説のように「責任ある高コスト文章」ばかり調達するのは不可能ですから、数の上では通常のライターにかかせた文章も調達する必要があります。


 すると何が起きるのか。


  答えは簡単です。 低価格のままで、「責任ある文章を書けよ」という圧力に他なりません。


 クラウドソーシングでライターをやっている人の中には、それでご飯を食べようとしている人もいますから、完全にお払い箱になるよりは



 それでも、従わざるを得ない



人は多いことでしょう。



 まあ、こういうのはネットライターに限らず、下請け構造ならどこも同じなので、これからは胴元ビジネス側としては



「私たちはいっさい指示はしていません。誤りを犯したとすれば末端が勝手にやったことです」



という構造に持っていきたいと考えるのは、これまた自然なことだと思います。







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  このように全体像を考えていくと、どちらに転んでも



 ライター業の終焉




を感じざるをえない、ということになります。


 それより何より、低レベルの記事であれば、すでにAIでも書けるし、それが実際にネットに流れているのでは?という指摘を山本一郎さんがしているのも恐ろしいです。


DeNA「サイト炎上」MERY、iemoの原罪とカラクリ
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20161202-00065073/



 さあ、ほんとうにライターは終わった!のかどうか。ここから先はあなたの目で確かめてくださいね。