2014年7月31日木曜日

【不動産ニュースを読む】 家賃崩壊 一万円からのワンルーム賃貸 不動産投資のための基礎ニュース

 今回も不動産ネタでお届け。


 yahoo!ニュースさんより


 簡単に家賃を下げる人が続出?家賃崩壊の実態と背景 1万円台、あふれる空室、大家受難…
 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140730-00010005-bjournal-bus_all&pos=2#!bqye0H


 
 すごい時代になってきましたね、というのが最初の実感。



 前回、不動産投資なんてやめとけ、という話を書いたところですが、まさに



 なんじゃそりゃあああ!!!


な状態。


 記事の前半部分は、簡単



 1万円2万円の賃貸値引きは当たり前!


というお話です。


 後半はさらに凄いです。


 ワンルームの賃貸の値段、



 1万円台2万円台は当たり前!


というお話なんです。次元が違う!


 いいですか?記事によると


「札幌市194件、福岡市75件、広島市44件、名古屋市23件、東京都下3件。大阪市で、なんと24区計599件」が1万円台アパート賃貸物件があるというのです。


 そして、なぜそうなったかは単純明快。


 記事から引用しますが、


「『サラリーマン大家で大儲け』などという情報に踊らされて、いまだに賃貸経営に乗り出す人が後を絶たない。」


からに他なりません。

 私の今日の記事を「不動産投資」のキーワードでひっかけて見に来たあなた。そうあなたのことを言っているのです。


 これから不動産投資は、いよいよ


 ババ抜き


の段階に突入します。誰が、「空き室という」ババを掴んでしまうのか。それがあなたではないことを祈っております。

2014年7月30日水曜日

【不動産ニュースを読む】 空き家率 過去最高の13.5% 不動産投資のための基礎ニュース

 本来不動産ネタがテッパンだった私のブログですが、しばらく不動産から遠ざかっていたので、復帰します(笑)



 yahoo!ニュースさんより

 空き家率、過去最高の13.5%=山梨、長野が上位―総務省
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140729-00000134-jij-bus_all



 まあ、そうでしょうな。


 この数字ではピンとこないかもしれませんが、おなじ記事の別の数字を読むと、ビックリするかも。


 住宅の全国総数6063万戸のうち820万戸が空き家


 なんじゃそりゃあああああ!


 820万ですよ。820万。


 それだけの戸数が野ざらし雨ざらしになっているかと思うと、一軒タダでくれ!とおもわず思ってしまうほどです。


 そんな冗談はさておき、ぶっちゃけ「タダでもいらん」のが不要な不動産です。


 なぜなら「固定資産税がかかる」から。


 上の記事にも書いてありますが、今建っている建物を壊してしまうと、固定資産税の軽減措置ができなくなるので、余計に


「空き家」


のままで放置してしまうのは、仕方ありません。


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 いっそ逆説的ですが、「固定資産税」を無税にしたら、いろいろと面白いことが起きるんじゃないかと思います。


 固定資産税がかからないということは、一度手に入れた土地は、そのまま塩漬けしても何しても「お金が出てゆかずに維持できる」ということです。


 そうすると、日本人の性格上「あなたの土地は永遠にあなたのものですよ」と言われると、つい


土地を買って、土地で資産を持とうとしてしまう


ことが起こります。これは「墾田永年私財法」時代からの日本人の摂理です。



 ということは、つまり「箪笥に残っている現金を吐き出して土地を買う」ということでもあります。


 これは国民国家にとっては、経済が回ることを意味します。


 多額の現金が塩漬けされている現代日本と、多数の土地が塩漬けされている日本のどちらがいいかと考えれば、


 土地が塩漬けされているほうがマシ


という経済学者さんもたくさんいるのではないでしょうか。


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 そんな話はさておき、リアルな問題として「不動産投資」をしようと思っている人にとっては、基本的に現状は笑えない状態です。


 なんせ、土地は余っているわけですから、不動産を取得して、それを中心にお金を回そうと思っている人にとっては、完全に買い手市場ということになります。


 土地をお金を出して貸してほしいと思っている人


がいてはじめて不動産オーナー業は成立するわけですから、何度も私が言っている通り、



不動産投資はやめておきなさい


ということが、またひとつ裏付けられてしまったわけですね。


 私は、現在2軒の不動産を所有していますが、これらの不動産を所有するためではなく



使いつぶす


ために持っています。そのため、買った価格は、常に安価です。同じ金額で売れたらしめたもの。安くなってもいっこうにかまいません。

 損益分岐点は明確です。


 月5~8万ぐらいの賃貸アパマンを借りたより、支出が安いこと。それも10年スパンで。



 これを達成するには1000万以上の土地建物は買うな、ということに尽きます。


 8万×12か月×10年=960万ですからね。


 ローンを使っても、12~15年ぐらいで元をとらないとダメです。35年なんて論外。




2014年7月11日金曜日

人は何のために勉強するのか

 現代ビジネスさんに



 AO入試組はやっぱりアホだった
 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/452



という笑撃な記事がのっていて思わず笑ってしまいました。


 年間5万人、有名大学を出ていても「就職試験に合格できない」とか「企業に入っても適応できない」とかボロカスに書かれているわけですが、そりゃそうでしょう。



 選抜という壁を乗り越えていない人材



なわけですから。


 誰がどう考えてもわかることです。学力試験を伴わず、面接と志望動機だけで大学に入ってしまうというAO入試は、元々は「学力一辺倒ではない多様な人材がほしい」という意気込みでスタートしましたが、結果論は


「学力が全くない、口先だけで実力が伴わない人材」


がそろってしまった、ということに他なりません。


 記事の中では、こうなってしまった原因についていくつか挙げていますが、基本的には


「大学が質ではなく数を重視してたくさん入学させないと経営が維持できないため、全体として学生の質が下がった」


という点を挙げておられます。


 実際には、これだけではありません。AO入試が流行しはじめたころは、日本中が「学力だけでなく個性を重視しよう」とか「机の上の勉強だけでなく、体験的な学びも深めよう」とかそういうことを盛んに言っていました。


 そう、それが「ゆとり教育」というやつです。


 ゆとり教育というのは、主に小中高という「初等・中等教育」の分野で言われており、大学は「高等教育機関なので、わしは関係ないもんね」というフリをしていたのですが、いやいや


 大学は「ゆとり入試」をしていただけのことです。



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 私が大学生の時に、すでに気付いていたことがあります。


 (おまえはなんぼのもんやねんと言われたら、はいそうですね、たいしたことはないですと秒速で平謝りをするところですが。京大ではない京都の私大に行ってました)



 おなじ大学1回生の同級生と話をしていて、どうも勉強の上で話がかみ合わないことに気付いたのは、入学してしばらくのことでした。


 友人はみな、真面目で明るくいい子ばかりだったのですが、そう「基礎基本的な部分で、学力知識がちょっと小足りない」人が何人かいるのです。


 よくよく後から調べてみると、彼や彼女たちは「指定校推薦」で入学してきた子ばかりでした。


 私は一般入試組だったので、どちらかといえば学業にはとても意欲的に励んでいたのですが、彼・彼女らはとても穏やかで、にこやかで、なんだかとってもキラキラしているのにアホでした。


 恐ろしいことに、大学4回生になってから、そのアホの恐怖がさらに彼・彼女たちに襲い掛かることになります。


 Aくんという私の友人の男の子は、「大学院に行きたいんだ」と進路について私に悩みを打ち明けてくれました。


 「でも、成績が全然ついていけないので、合格できるかどうかまったくわからない」


とも言ってくれました。


 Bさんという女の子は、廻りの学生がみな公務員試験に次々に合格する中、一人だけ不合格で就職浪人すべく他大学で科目履修して別の資格を取るようになりました。


 2年後、彼女は非正規のままとある公的施設に就職というか「臨時雇用」され、そこの上司と不倫することになりました。


 (彼女は、結局最後まで合格しませんでした)




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 そう、一般入試を経ない学生は、最後までアホだという傾向が、当時からあったのです。


 AO入試なんて、高校時代の積み上げた成績すら問われませんので、基礎学力すらあやしいわけです。




 
 さて、人はなんのために勉強するのか。


 旧来言われていたように、「いい学校へいって、いい会社へ就職する」という価値観は既に失われてしまいました。


 S○NYですらあやういわけで、「いい会社」がいつまでいい会社なのかもわからなくなりました。

 大学院まで行くと飢える時代になりました。いい学校というラベルすら怪しいものです。




 私は、実は学生時代から「作家になりたい」ということを夢見ていましたので、勉強に対する姿勢は他の人とはまったく違っていました。


 知識を得たり、体験をすることはすべて「いつか書く作品のためのネタである」という考え方をしていたので、学んだことは全て脳みそにインプットして、じっくり熟成させるのが趣味だったのです。



 今、それがとても役立っています。


 私にとって、学生時代に学んだ知識と知恵は、すべて「生きることの糧」として身になっています。


 そして、恐らく、この先何かトラブルや失敗があったとしても、かならず乗り越える自信のようなものがあります。


 それらはすべて、これまで得た「勉強」に感謝するところです。


 

2014年7月3日木曜日

3倍の値段で商品を売る方法

 ふだん、某会社にて営業的な仕事をしているヨシイエですが、いろいろと考えさせられる出来事があり、書いてみようと思います。


 弊社がお付き合いしている顧客の中に



 「3倍の価格でモノを売っている」



得意先がいます。


 まあ、細かいことは企業秘密なので、まろやかに、ぼやかして書きますが(^^;



 ふつうで考えれば、「市場価格の3倍でモノを売る」というのはできることではありません。



 100円のジュースを300円で売るのは至難のワザです。


 よく、この手のネタを書いている本の中には


「自販機だと100円のジュースでも、ホテルで頼めば300円になるでしょう。つまり、付加価値をどう加えて、それをいかに納得していただくかです」


なーんて種あかしをしているモノも見かけたことがあります。



 たしかに、それもひとつの方法ですね。


 しかし、その顧客はそういう方法で3倍の値段で売っているわけではありません。どちらかというと


「これ100円です!いかがですか?」


とまったく同じ台詞で


「これ300円です!いかがですか?」


と販売しているに等しいのです。



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 で、ずっと長年取引している間に、「なんでこの顧客は3倍の価格で売れるのだろう」と疑問だったのですが、ひょんなことからその理由が解けました。




 ひょんなこと、というのは、本当に偶然で、



「その会社で働いていた人」



と別の世界で知り合いになったからです。



 彼が、その会社(厳密にはちょっとちがうけど、まあ同じスタイルの会社)で働いていたことを知って、オフレコながら尋ねてみました。



 いったい、どうやって「3倍の値段でモノを販売」できるのか。を。




 答えは、目からうろこが落ちるような簡潔明快なシンプルなものだったのです。



 なるほど!そういうことか!と持った湯飲みをバッタと落とし、小膝叩いてにっこり笑いました。(by浜村大先生)


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 もうひとつ、彼はとても面白いことを言っていました。


 自分は、売り手としてはトップではなかったのだが、社内で一番売り上げを上げていた営業マンは、



「どちらかと言うと口ベタで、途中から何言ってるのかわからなくなるようなタイプ」


だと言うのです。


 男前だとか、トークが上手いとか、そんなのは微塵もなく、むしろ


「なんでこの営業マンが一番なんだ?」


と誰もが首をかしげるタイプだと言うのです。






 そのナゾの答えを聞いて、さらに驚きました。
 

 これは、ブログに書いて公表することではありませんので、私も秘密にしておきますが、


 その方法は、



 誰にでも実践できる



方法だったのです。


 これは、めちゃくちゃすごいことだと思います。


 よく「簡単に儲けられる方法があったら、それは人には教えるわけがないだろう」みたいなギャグがありますが、

 そういうこととは異なり、それはその会社の大事なノウハウですから、私も人に伝えるわけにはいきません。


しかし、グッときました。


 私も営業マンのはしくれとして、心にずどーんと響きましたので、明日からまた頑張ろうと思います。


 3倍の値段でモノを売るのは、私にもできることだからです。



2014年6月26日木曜日

■ 学校は「ブラック職場」なのではなく「オワコン」なのである


 学校と教師を取り巻く環境がちょっとしたニュースになっています。



 ”ブラック企業化”する学校
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/kawaikaoru/20140626-00036775/



 教員の労働環境が激しくブラックな件
 http://webshufu.com/teacher-black/



 多忙で自信低い、教員の現状
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140626-00000008-asahi-soci



 まあ、学校を取り巻く社会的環境は最悪で、学校の先生も何かをしでかすし、そこに通う生徒や保護者も価値を感じていない、というところは万人も納得するところでしょう。


 学校の問題、学校への不満は、いろんな言説で取り上げられます。


 少し前までは「能力不足の教師」がいるなんてキーワードが流行りました。

 「家庭のしつけの問題」とかはずっと以前から叫ばれています。

 「ゆとり教育」というシステムが槍玉に上がったこともありますね。

 「モンスターペアレント」というキーワードで、保護者側が叩かれたことも。

 「日教組が悪い」とかもよく聞きます。



 こうした言説の中で、たとえば「ゆとり路線が廃止」になったり、「教員免許更新制」になったり、ここ10年ほどで国策側もできそうなところはけっこうすばやく対応しているのですが、ぜんぜん解決になっていません。


なんでか?


 教師に問題があり、親に問題があり、子供に問題があり、サービス残業があり、校長が民間から来たり、組合がややこしかったり、部活の指導が大変だったり、少子化だったりするようないろんなことはありますが、



 結論は



「学校教育は、もはやオワコン」(終わったコンテンツ)



だということをそろそろ直視してはどうでしょうか?



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 専門的なことを言えば、「学校」というシステムは「パノプティコン」理論に基づいた「大衆監視管理システム」です。


 少ない教師という管理者が、多数の児童生徒を効率的に「教育」するためのシステムであり、そこで育つ子供達は


「一定学力、一定の能力を、全員が最低限均一に得ることができる」


という利点を持って卒業してゆきます。


 小学校でも、中学校でも、高校でも、「卒業証書」の重みはまったくどこの学校でも同じです。

 履歴書に書ける価値は同じであり、大学でさえ学位は横並び同じです。


 そして、本来学力の軽重は「システム上どこの位置の学校まで出たか」によって判定される仕組みでしたから

「高卒より大卒は給料がいい」

「大学院までいけばえらい」

「博士はすごい」

という価値感が昔は存在しました。


 ところが既に、自由主義経済真っ盛りの中で、「大学院までいくと身を滅ぼす」「ドクターを持つと悲惨」という社会になっています。


 学校はせっせと昔ながらの均一な最低保証生徒を送り出していますが、国際的でハイレベルな戦いを強いられているセカイにあって、すでに「単純労働者の生産性の高さ」なんてどうでもよくなっています。

(それはむしろ、アジア等の海外生産国において、重要視されているハナシで、既に日本国内は次のステージへと進んでいます)



 では、現代における教育はどうなっているのか。


 実はハイレベル層においては、かなり前から「私学」や「塾」「中高一貫校」などといった形で、「お金を積んで高等教育を受ける」ということが当たり前になっていました。

 それは、個別に必要な能力をゲットする、という体制を意味します。


 そういう意味では、僕ら30代後半~40代の人が経験した、「大学で座学を学び、専門学校で実学を学ぶ」という棲み分けはまだ機能していたのですが、昨今は、


「高校レベルから東大レベルまで全部ダイガク」


というわけのわからん状態になっていますから、よけい大変です。



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 基本的には、生徒も親も、すでに「現在の枠組みにおける学校」に価値を見出していません。


 学校の先生に従っても、論理的にも実質的にもなんの利益も供与してくれない、というのが今の学校です。


 学校制度に乗っかっていて、それゆえに仕事を見つけてきてくれるわけでもないし、学校制度に乗っかっていて、賃金が保証されるわけでもありません。

 ましてや、学校制度に乗っかっていることで、なんらかのステイタスを与えてくれるわけでもないのです。


 そりゃ、言うこと聞きませんね。


 「昔の学校は良かった」というノスタルジー論に立つ人も一定数いると思いますが、その人たちも今の学校を見ると首をひねると思いますよ。


 みんなで仲良く遊んだり部活をしたり、やんちゃだったけど楽しかったなあ!という人は、ちょっと今の学校を覗いてみてください。


 まず、少子化で大都市部以外の学校は、その町一番の学校でも小学校で学年2クラスとかになっています。

 ちょっと郡部へいけば、学年1クラスです。複式学級じゃないだけマシかもしれません。


 部活をしようにも単独学校では人数が集められず、別の学校や地区と合同でやっと部活が成り立ちます。


 遊具は腐ってて外で遊べないし、都会だと虫取りもできないし、夕方には女子中学生が部活して帰ろうものなら不審な車に押し込められるし、第一みんなニンテンドーDSをうつむきながら黙って覗いているのです。


 給食はアレルギーで死にかけたり、PM2.5のせいでマスク必須だったり、LINEの既読に心を奪われて生きてゆくのもままなりません。


 ノスタルジーもクソもないのが今の学校という「場」です。



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 結局、今の学校が存続している理由は


学校に変わる「ポスト学校」や「学校2.0」がまだ見つかっていないから


というだけです。


 もし、ジョブズやゲイツのような「秒速で画期的な男」が現れて、「新しい学校デバイス」を発明したなら、今の学校はガラガラと音を立てて崩れるかもしれません。



 そういう裏の状況を見据えながら、学校問題を議論してゆかないと、ただ単に


登場人物全部ダメ人間


(親、教師、管理職、生徒・学生)


となって滅びるだけです。心しておかないと。


2014年6月23日月曜日

拝啓 全ての働く女性のみなさんへ

 東洋経済オンラインに連載されている「ワーキングマザー・サバイバル」の中で、直近の3記事がとても面白かったので、ご紹介しておきます。


 ”面白かった”というのは、ある意味男性の私ですから女性にとって失礼に感じられるかもしれませんが、現代の日本における


 働く女性


がいかなる状況なのか、という意味において、誠に的を射た記事だと思っています。



 いや、もっと言い方を変えれば、現代日本における「女性」とは何か、ということを端的に示した記事かもしれません。



<1>上野千鶴子先生、東大女子は幸せですか?
  http://toyokeizai.net/articles/-/40336



<2>「女嫌いの女」は、幸せになれますか?
  http://toyokeizai.net/articles/-/40488



<3>人生の優先順位、どうつければいいですか?
  http://toyokeizai.net/articles/-/40686
 


 この3回の記事で、ほとんどすべてのことが言い尽くされているようにも思えます。


 以下骨子をまとめます。

 

 <現代前夜>

 妻は家庭に入って当たり前の時代から、「男女雇用機会均等法」によって、女性も働くことが当然に変化してゆく。


 しかし、その影には「夫が高収入だから働かなくても良かった妻」像や、「夫も経済的に厳しくなったので働き始めた妻」像が見え隠れしていることも忘れてはならない。



<働く女性の実態>

 優秀な女性は、総合職となって(男とおなじように)バリバリ働くことになったが、実はバリバリ働かされることで、心も体も疲れ果てて辞めざるを得なくなっていった。

 一般職も楽ではなく、そもそも一般職としての女性採用が減り、非正規雇用の形へと変化していったため、そのルートへ行く女性は「低賃金の貧困」予備軍となっていった。


 給与の面での上下の格差、そのどちらにおいても「女性は幸せなのか?」という問いかけが生まれている。


 結婚出産のために高い賃金ややりがいを諦めるのか、はたまた低賃金の仕事から入ったため、結婚出産をあきらめるのか。


 経済的な自立も、女性の幸せもどちらも成立し得ない社会がやってきている。



<女の敵は女という現実>

 女性同士の格差が、女同士をいっそう敵対視させる事態が起きている。

どんな仕事に就職できたかという格差。
結婚できたかできないかという格差。
どんなレベルの夫をゲットしたかという格差。
子供ができたかできないかという格差。
子供がどんなレベルに進学したかという格差。

 このすべてで敵対視が起きている。手に入れない側の者は、手に入れた側の者を妬み、手に入れた側の者も、自分が犠牲にしたものをまだ持っている側の者を妬む。


 しかし、現実はそのすべての女性が迷ったり悩んだり彷徨ったりしているということ。



<女性は何を喜びとして生きてゆけばいいのか>

 仕事、結婚、出産、育児の全てで「ある種の恐ろしい現実」が立ちはだかる中で、女性は「何をモチベーションにして生きればいいのか」という問い。

 自分が幸せになる、というのはどういうことか。


 しかし、大事なこと。人生にはすべて賞味期限がある。ということ。

 
 その中で、何を優先し、かつ「自分の道を極めることができるのか」という根源的な問いかけへ。



==========

 話の流れをまとめると、こういうことです。上野さんは、これは私もまったく同意見なのですが、最終的には


自分が死ぬときに「ああ、面白かった」と思えること。「私の人生悪くなかった」と思えたらいい。


という結論を挙げておられます。


 私も、いつもこれを念頭におきながら生きています。


==========


 ただ、この結論は脇に置いておくとしても、これらの記事の冒頭で上野さんが謝罪なさっていることが現実だと思います。


”私なりに、こんな世の中では女性が安心して子どもを産めないと、闘ってはきました。でも、あまりに微力で力が及ばず、世の中が困った方向に進むのを止められませんでした。

ですから、みなさんに、ごめんなさいと謝りたい。”


 この敗北宣言、簡単に言えばこうです。


 女性が幸せに社会参加できるようにいろいろ運動をしてきたが、結果として起きたのは「女性らしく働ける社会」ではなく「男と同様に全てを捨てて働かされる階層と貧困に貶められる階層しかいない社会」だった。

 この社会においては、安心して子供が生める社会は、成立しえない。


という現実直視の姿勢です。


 これを「何をやっても無駄なのよ」と捉えることは、ある意味必要かもしれません。戦う女性のみなさんに怒られるかもしれませんが、こうした制度設計は意図的なものです。


 男たちの意図、なのか、女たちも含めた意図なのかは別にして、大きな意図がそこにあります。


 だったら、残念ながら、「今現実に生きている女性たちが若い間は、真の意味での女性社会は到来しない」という覚悟も必要かもしれません。


 来るかどうかわからない「未来の希望に向かって」まい進し、確実に出産育児の年齢を超えてしまうことが、あなたにとって幸せでしょうか。

 未来の希望なんて捨ててしまって、「今の出産と育児を得る」女性たちと、そうでない女性たちとどちらが幸せかを考えると、悩ましいです。


 私は現実主義者ですから、

「おろかなフリをして、正義の戦いを放棄した女性のほうが、夫に付き従って妻と母としての経済的・女性的安定(出産や育児も含めて)を得ることができる」というのが今現在の

真実

に近いような気がしてなりません。いやいや、けしてこれを薦めているのではなく。


 最終的には、何が幸せかはその人が決めることですから。



 

2014年6月19日木曜日

■【新社会人に贈る10の金言 その10】副業をしなさい、あなた一人で。

 新社会人となった人たちに、老婆心ながら「あんなことやこんなこと」をグチグチ言ってきたこのシリーズですが、基本的に


 今ドキの若い人にとっては、耳障りのよくない事実


をお伝えしてきた結果、かなりネガティブなことが多くなりましたので、最後くらいは明るい話題にしたいなあ、と思っております。


 というわけで、最後はこれをチョイスしました。


 副業をしよう


ということ。



 今、会社に入ったばかりなのに、本業にも集中しないで「何を言う!早見優!(古い)」な気がしなくもないですが、まあ聞いてみましょう。



 副業といっても、ふつうに皆さんがイメージすることとは少し違います。


 会社員の副業と言えば、古くは株をやって小遣いを稼いでみようとか、大きいものでは不動産投資をしてみようとか、先物取引に手を出してボロボロになってみようとか、そういうのが一般的でした。



 ちょっと現代的になると「FXをやってみよう」とか「アフィリエイトを試してみたい」とか、そんなのもあります。



 ちょっと肉体をつかうのになると、「本業の仕事が終わってコンビニで深夜バイト」とか、「24時間操業の工場の夜勤にもぐりこむ」とかもありますね。タフです。




 いろんな種類の副業がある中で、本音を言えば「どれでもいいから、やってみたらいいんじゃない?」と思います。

 本業の会社の就業規則に違反しない限りは、別にどれから手をつけてもいいと思います。


 ただ、なんと言ってもこのシリーズ記事は「社会人初心者」のための記事ですから、会社の目を盗んで起業しろ、とかあまりハイレベルなテクニックを要求するわけにはいきません。


 あくまでも「ふつうに、まっとうに、肩の力を抜いて」の副業をおすすめしています。



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 どういうことか。簡単に言えば「あなたのコンテンツを販売してみてください」ということです。


 肉体的な労働時間を切り売りするのも「コンテンツとしてのあなたの販売」と言えるかもしれません。しかし、まあ、そういうのはちょっと脇に置いといて。



 あなたの文章でもいいし、アイデアでもいいし、何か生み出したコンテンツを、ネットなどを使って販売してみる、ということがとてもよい経験になるのです。



 あなたが一から生み出した何か、それをお金に換えようとすることは、あなたが社会で生きていく中での「しっかりとしたベース」につながります。


 1000円稼ぐとはどういうことか。

 10000円稼ぐとはどういうことか。

 10万円稼ぐとはどういうことか。

 初任給で言うところの18万×12か月+ボーナスなどで、年200万~300万稼ぐとはどういうことか。


を知ってください。


 1000円は、なんとなく稼げると思います。

 10000円も、少しの努力でいけます。

 10万円くらいから怪しくなります。

 どう転んでも、年200万の副業を達成できる人は、ほんのわずかです。




 なぜ、10万円~200万円を稼ぐのはこんなに大変で、毎月お給料をもらうのは、それなりに簡単なのでしょう?


 その理由を考えるのが、この課題の本質です。


 「会社で働くということは、あなた自身が100%の割合で何かを生み出しているのではなく、もっと大きないろんな力の集合体が、たくさんのお金を生んでいるのだ」、ということに気付くべきです。



 これに気付かないと、「俺は自分でももっとやれる」と勘違いして辞めてしまったり、「俺にはもっとふさわしい仕事がある」と思ってしまったり、「俺はできる」と誤ったりするのです。



 「俺はできる」と思っていいのは、副業で最低年収以上を稼げるようになった人たちだけです。



 そして、そう思うだけでも、実はまだまだ甘ちゃんです。



 それが可能なのならば、あなたの年収は2倍です。2倍の収入を捨てて、本業の会社をやめて独立しようとするのはアホです。



 本当にできる人間は、つまり簡単。あなたの今の年収の2倍以上を副業で稼げる人間のことを言うのです。



 まあ、見てください。そんな人は、ほとんどいません。


 今じゃなくても、30代になって年収300万のところ600万でもいいし、40代になって年収500万のところ1000万でもいいでしょう。

 たしかに、自力で年収1000万稼げる人は、たしかにこれまでの仕事をやめてもOKですね。

 誰も文句言えません(笑)


 
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 すこし脱線しましたが、あなたが月15万や20万や25万円の給料を自動的にもらうためには、それが可能な「売り物」と、それが自動的に売れる「仕組みやシステム」があるから可能なのです。


 あなたに売れる「売り物(コンテンツ)」があっても、仕組みやシステムがなければそれは売れないし、仕組みがあっても「中身が薄ければ」それは売れません。


 ぜひ、そういう社会のしくみを自分で体験してみてください。



 なぜ「起業」でなくて「副業」をしろ、と言うのかは簡単です。なるべくリスクを捨てて、できるならおとなしく会社員として生きる方法も残しておかなくてはならないからです(笑)


 がんばってください。