2018年11月29日木曜日
【資本主義をハックする 18】 技術は「目で盗め」が正しいのか、「丁寧に教える」のが正しいのか
とある職人さんのお話で、「最初から最後まで丁寧に教えたほうが、結果として有能な職人になる」ことがわかり
「仕事は目で盗め」
といった、これまでの職人の常識は、一体なんだったんだ?ということが話題になっているようです。
布団作りの職人が最初から技術を丁寧に教えた結果
https://togetter.com/li/1288622
この話、いろいろな意見があるようですが、結論から言えば
「最初から最後まで教えたほうが、技術は上がる」
だろうことは予想がつくし、正しいことです。
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しかし、 どうして職人の世界では、「仕事は目で盗め」という話が語り継がれてきたのでしょうか。
これは、みなさんの意見にも多少出てきますが、
「つまらない仕事から順にやらされる人材が存在することで職能と報酬のバランスが取れる」
ということのようです。
吉家さんも、ふだんは建築系の世界に関わる会社に勤めているのでわかるのですが、職人さんというのは一人前になると、
「その時点で給料は頭打ちになり、かつ同じ仕事をしているものは時にはライバルになる」
という世界です。
たとえば、大工さんの日当が2万5千円だと仮定したら、一人前の大工なら、みんな2万5千円という
「同一労働、同一賃金」
の世界なわけです。
そうするとその裏には、いろんなことが起きてきます。
■ 建築の仕事をする元締めやら、棟梁、あるいは元請に相当する人物は、家を建てる人からは、「今日は5人現場に来たから5×2.5=12万5千円請求します」とお金をもらうけれども、半人前の弟子にはそれだけやらずに利ざやを抜く
とか
■ みんなが一人前であれば、「ただ土を運びまくる」とか「ただ石を運びまくる」といったいわゆる下働きの仕事が嫌になるので、下働きをしてもらう人材と、高度な技術を使う人材を分ける
とか 、そういうことが陰で起きているわけですね。
ほら、ちょうど今話題の女医になるための入試点数を調整しないと、医療が崩壊する!みたいなことが、現場サイドで起きるので、悪い意味での工夫をしているのです。
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こうした問題を今度は、一般的なサラリーマンで置き換えてみるとどうでしょう。
今、わたしたちは普通に
「新卒者や新入社員には、仕事を先輩が丁寧に教えて、そうして仕事を覚えていってもらうべきだ」
と考えていると思います。まあ、それが「正しいことで当たり前だ」と思っていることでしょう。
ところが、このことが「当たり前で正しい」と思うことができるには、ある重要な前提条件が必要になることがおわかりでしょうか?
それは、
「先輩は、順番にその上の地位に昇進し、その先輩後輩の立場は変化しない」
という暗黙の了解や大前提です。
もし、この前提が崩れてしまい、
「すべてのメンバーは実力主義でバトルロワイヤルだ!社内で生き残れ!」
みたいなことになるとどうでしょう。
あるいは、
「右肩上がりで業績が拡大せず、ずっと平衡状態とか、右肩下がりで社員同士で仕事やポジションの取り合いが起きる」
とすればどうなるでしょうか。
”先輩社員と後輩社員が全く同じ職能を持っているのであれば、会社としては、給料が低い後輩社員を残し、先輩社員を排除しようとする”
ことは目に見えていますし、そうなると自動的に、
”先輩社員はわざと、後輩社員に仕事の内容を伝授しない”
ということが起きてくるのです。
おのずと、先輩社員は
「仕事というものは目で盗んで覚えろ」
とか
「仕事は自分でつかみ取れ」
とか、そういうことを言い始めることは想像に難くありません。
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さて、ここからが資本主義ハックの真骨頂です。
「持てる技術技能や、智恵知識は、資本・資産である」
と考えると、会社があなたを守ってくれない時代にはそれらは
「安易に手放すものではない」
ということになります。
もちろん、そうなると社会全体の経済成長は鈍化しますが、社会全体の経済成長があなたの家計を守ってくれるのか、あるいは会社があなたを守ってくれるかどうかでこの話の結論は
大きく真逆に変化する
ことも覚えておいて損はありません。
会社組織にあっては、労働者が技能や知識をどんどん集約・伝達してくれたほうが、会社全体の生産性はアップするので、資本家から見ればメリットがある、ということになります。
だから会社では「新入りにモノを教えるのは当然」という風潮を仕込みます。
ところが、職人はその個人自身が「小さな個人資本家」なので、技能や知識を独占していたほうが利益が出るのです。
だから、職人の世界では「新入りは自分で学べ」という風潮が当然なのです。
資本主義をうまくハッキングするには、自分が会社や仕事において「どういう立場、ポジションにいるのか」をきちんと考えた上で、上の2つの立場を上手に使い分けることで
あなた自身の生き残り策
を組み立ててゆく必要がありそうです。
2018年11月27日火曜日
<実国学を考える 27> ユートピアは幻想なのか? ~共同体の本質を暴く~
よろしく~、ねっ!
というのはかの有名な「ゆーとぴあ」のネタですが、今日は真面目なほうの
ユートピア(理想郷)
について考えてみたいと思います。
この話へ至るには、いろいろな複線があるのですが、
■ ひきこもりと労働
https://kotaro-yoshiie.blogspot.com/2018/11/blog-post_9.html
というネタを数回前に書いたり、あるいは
■ 新しき村が100年続いた理由
https://withnews.jp/article/f0181127000qq000000000000000W0ae10101qq000018362A
(WithNewsさんから)
などを読んだりして、人の生活はどうあれば幸せなのかについて、いろいろと考えているからです。
今回のwithnewsさんの記事では「武者小路実篤」の「新しき村」が取り上げられています。
まあ、一種の理想郷ですね。
この手の話だと、「ヤマギシズムはどうなんだ?」という話も出てくるでしょう。
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ただし、この連載は「実国学」という視点、つまり日本の歴史における日本人のありように焦点をあてて考えているので、理想郷のあり方においても
「日本と日本人という国家システム」
を念頭に置いた考え方をしようと思っています。
そうすると、「新しき村」というのは、実国学の目線で見ると、かなり面白い点がいくつかあることがわかります。
その面白さは以下のような感じ↓
■ 自給自足が理念ではない。太陽光発電もするし、実篤のコンテンツもお金にする。3億の売上を上げたっていい。
■ 人数が増えることが目的ではない。どれだけの人間がどれだけ食えるか、ということを意外にシビアに計算している。
■ 村の内部だけでなく、外部からもお金や労働力を得る手段を考えている。賛助会員など。
■ 私有財産OK
■ 来るものを拒んだりもする
この、なんていうかお金に対してストイックで真面目な感じが、ヤマギシとはやや違うかな、という気もします。
もちろん、村落共同体という面では、どのような問題や課題が生じるかについても言及があります。
■ 男と女の問題は、こじれる
■ 怠け者は意外と排除される
■ 何か言う前に自分でやれ
要するに、ニャートさんなどがアイデアとして考えるような「弱者のための共同体」とはまた、ちょっと違うんですね。
実は、「新しき村」を知れば知るほど、この集団スタイルは
「高度な自律と自立が要求される」
ということが見えてくるのです。
ぶっちゃけて言えば、新しき村では「仕事ができなくなった者を抱えておくための集団ではない」ということだと思います。
むしろ、「自ら自律して活動できる人たちが、共同体というメリットを享受するために集団でいる」というほうが近いかもしれません。
なので、自ら文化的なコンテンツを起こしたり、事業的なものをやったり、実篤の遺産を「活用」してお金に換えてゆくことができているのでしょう。
いわば、生活そのものを主題とした「トキワ荘」かもしれません。
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実国学の視点で見ると、「自分達が食べるために、集団というスケールメリットを生かしてゆく」というポイントは大変興味深いです。
事実、新しき村の重要な関心事は
「この人数が食えるか、食えないのか」
というサイズ感をしっかり見ていることです。
日本の歴史は、実はこの繰り返しで、
天皇家から子供達が臣籍降下して源氏や平氏が生まれて、全国各地へ散らばっていって「自活」しなくてはならなくなった
とか、 あるいは、国内では
農地が足りなくなったから北海道や樺太や満州やブラジルへ出て行って土地を必要とした
とか、
田舎の次男や三男が、都市へ出てきて、サラリーマンという新しい形態が成立した
とか、ぜんぶおんなじ話なんですね。
つまり、ある定まった範囲範疇の中で、「食えるだけのサイズ感」が残念ながら存在したり、「食えないから外へ出たり、新しいことを始めたり」という動きからは逃れられないんです。
ということは、ユートピアは無限に広がったり、増殖できるものではない、ということでもあるでしょう。
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これまた興味深いことに「新しき村は、自給自足が主ではない」という点もヒントになりそうです。
つまり、
1) 農地農村で作物を育てるだけでは「食える人数が限られる」
のです。ですから、現金化するには
2) 農作物だけでなく、文化的コンテンツをマネタイズする
ということが必ず必要になります。
日本が第一次産業から第二次産業・第三次産業へ移っていって「そのおかげで次男や三男も食えるようになった」のと同じです。
実は、この産業構造の変容と推移も、ユートピアの作り方と密接な関係があります。
なぜなら、「個人個人ではできることが限られているが、集団になればなるほど、総体としてできることが複雑で大きくなる」からです。
だから、個人で理想郷を作るよりは、ある程度「食える集団」でスケールメリットのあるシステムを作ったほうが、
「結果としてより多くの人が食える収益が上がる」
といえるでしょう。
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そうすると、この理念にかなった共同体が実は既に存在していて、
「トヨタに入って、トヨタの車をみんなで作って、トヨタの社宅に住む」
というのは、ある種の「新しき村」だったのだなということがわかります。
なので、高度成長期の日本ではこぞってこの「会社ムラ」がどこにもかしこにも誕生し、うまく回っていたことに気付かされます。
ああ!ぼくらはユートピアに住んでいたのね!
それがうまくいかなくなったのは、どうしてでしょうか?
これまでの流れを読み解けば、すぐにわかりますね。
要するに「食える人数が飽和した」のです。
農地が足りなくなったのと同じように、少なくとも「モノづくり」においては、日本における産業の生産分と、その分け前を分け合う人数とのバランスが崩れてきたということかもしれません。
かつて、繊維製造産業は、女工哀史の時代をふくめて日本が世界のトップメーカーでしたが、現在ではモノづくりの主役はアジアの別の国になっています。
都市部では第二次産業ではなく、「第三次産業」が働くことの主流になっていますが、第三次産業の特徴は、もともと物的交換が少ないので、「それがいくらの価値なら妥当かわかりにくい」ため、いくらでも収益が下がってしまう傾向にあります。
感情労働の正当な貨幣価値
なんてのは、誰にも正しく評価しにくいのは、わかりやすい例でしょう。
コールセンターで顧客から嫌味を言われ続けることは、はて、いくらの給料なら妥当なのでしょうか?
誰かに罵倒されることのコストをきちんと積算できる人は、いるのでしょうか?
話がずれてきましたが、そういう意味では、日本の人口が減少に転じることはもしかすると
「食える人数の適正化」
という意味では本来は、とてもよい傾向だと思います。
(なので、吉家は移民政策には、実国学の視点からみて大反対です)
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話がやたら長くなってきたのでまとめです。
<ユートピア・理想郷とは>
1) 自主自立した個人が、なんらかのコンテンツを製造し、提供し、頒布することで、食えること。
2) あるていどのまとまりのあるサイズ、スケールによって、食えることの中身が物理的に増えたり、充実したりすること。 また、そのために集合すること。
3) 社会の変容に合わせて、その提供物を変化させられる智恵と行動力を持つこと。
4) その成果を、互いに快く分け合えること
2と4は関係あるし、大事なポイント。
社会やムラは、当初2の目的のために集合してゆくのだけれど、成果をどうしても「限られた人間が独占するようになる」と嫌な社会が生まれてしまうわけで。
逆に、この4つの意識がない人には、「来て欲しくない」となるのもわかります。
それがユートピアというものが、「宗教的で、時に外部から見て恐ろしく感じられる理由」なのかもしれません。
ムラ社会が閉鎖的なのは、そのほうが理想的だからかもしれませんね。
2018年11月23日金曜日
【資本主義をハックする 17】 商売というものは、必ず儲かるものだ ~松下幸之助の名言をハックする~
毎度おなじみこの世知辛い「資本主義」の世の中を、ちょっとした英知とヒントでなんとかハッキングして世渡りしようというコーナーでございます。
吉家さんは、本業はとある建築系極小企業に勤める雇われ取締役兼従業員という吹けば飛ぶような存在なのですが、
しかしまあ、儲かりませんなあ。
年々、仕事の内容はややこしくなってきたり、労力がかかるものの、売上は日本の様相とリンクして大いなる右肩下がりでございます。
それをなんとかハッキングできないかと試行錯誤しておりますが、最近わかったことは
「個人の起業やプロジェクトならいざ知らず、固着固定化した旧来の企業活動を修正するというのは、ものすごく大変だったり労力がかかるものだ」
ということですね。私は個人でも副業やらプチ起業していますが、本業を軌道修正するほうが、はるかにしんどいのはなんでなのかしら。
それは、システムやら組織やら、業界やらが、固着化していて、個人の力でできることが少ないからに相違ありません。
それだったら、個人の手取りを単純に増やしたいのなら、副業やプチ起業で改革するほうがマシなのかもしれません。
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さて、本日のテーマは、あの「経営の神様 松下幸之助」さんの発言をヒントに、考えてゆきます。
<松下幸之助の名言>
■ 1円で買ったモノを1円20銭で売るということを承知してくれる。それが商売なので、商売は必ず儲かる。
■ 商売は得するときも損するときもある、ではなく、いつも真剣勝負で絶対に損をしてはいけない。
実は、先日から「商売は必ず儲かるように出来ている」という話をどこかで聞いたのを思い出して、はて誰が言ったのだろうと調べていたら、松下さんだったようです。
そこで松下幸之助語録的なものを調べていたら、彼は上記の2つの意味の発言をしていることがわかりました。
ひとつは「商売は必ず利益が乗っかるように出来ている」、そして「利益を乗っけない商売をするな」という同じことの両面ですね。
資本主義をハッキングする上で、もっとも大切なのはこのことだと思います。
なにがしかの活動をして、本来の原価に対して利益を乗せるのが「経済成長」そのものであり、「資本主義」の根幹です。
そういう意味では、ハッキングの掟!という意味では
「活動したら利益を乗せろ!」
「利益が乗らない活動はするな!」
は、ある種の鉄則かもしれません。
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しかし、現実には企業活動においては「原価割れ」のような行動をとってしまったり、「採算割れ」のようなことが起きます。なぜ、そうしてしまうかといえば、答えはとても簡単です。
今回の冒頭にもお話しましたが「固着固定化したものを維持するため」にそうするのです。
たとえば、社員に給料を払わなければならないし、会社の維持費は最低必要だし、顧客との関係性を失いたくない、そういう
「固着固定化したもの」
をある程度月次や年次で安定化させるには
「今回は利益が少なくなるけれど、全体トータルでなんとか間に合わせること」
が必要になるというわけです。
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なので、狩猟採集的視点をもって、月々や年ごとの安定なんて捨ててしまえば、「損する」必要はまったくありません。
「今回、今月はこれだけしか売れなかったから、給料は歩合でこれだけね」
とか
「今月は売上がこれだけなので、電気も水道も止めましょうね」
とか、そういうことが企業活動で可能なのであれば、「絶対に損をすることはない」し、「常に利益を乗せた分だけで行為行動ができる」わけです。
(しかし、これでは企業は立ち行きません)
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さあ、ここからが資本主義ハッキングです。
企業においては、固着固定化したものの安定も重要なので、「常に利益を乗せる」ということができない場合もありますが、副業だったらどうでしょう。
「今月は、副業売上が1万だった」
「今月は、副業売上が3万だった」
と、仮に不安定で、時には「ゼロ円売上」だったとして、副業であれば特に生活は困りません。
ということは、「副業であれば、常に必ず利潤利益を乗せて活動ができる」ということです。
だから、本業を持っていて、生活の安定はそちらで担保してもらうとして、副業で「利益、利潤を追求する」というのは、
素晴らしい資本主義ハッキング
であり
かならず儲かる
ことであるとピンとくると思います。副業しよーぜ!副業。
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もちろん課題もいくつかあります。
副業ひとつ3万円だとして、さすがにそれでは食べられませんから、本音を言えば、
3万×副業10個=30万円
くらいにはしたいのですが、それには肉体と時間の制約がかかってきてしまいます。
それから、副業が高じて本業にしてしまった場合は、せっかくこれまで会社員としての給与で担保されていた生活の安定までもが、不安定な副業・起業に乗っかってくるので、ある意味本末転倒ということが起きてしまいます。
ですから、副業・起業の先に「自営・フリーランス」を目標として持ってくるのは、間違いとは言わないまでも、
「よくよく熟考して、リスクを間違えないようにしよう!」
ということでもあるでしょう。
吉家さんの個人的なポートフォリオでは、究極的な理想は
「会社員給与と同じ額を、副業・起業で得ること」
だと考えます。これで給料2倍相当ですね。
これができると、リスクは給与のほうにかぶってもらって、副業・起業では
「利益をすべて一手に自分のものにできる」
ことになります。
2018年11月9日金曜日
■【資本主義をハックする 16】 資本主義ハッキングの方法まとめ (個人的中間メモ)
これまで1~15回の資本主義ハッキングのアイデア出しにおいて、とりあえずのまとめです。
■ 資産のポートフォリオがあるように、労働や生産についてのポートフォリオがある。
■ それを「おしごとポートフォリオ」と呼ぶ。
労働報酬 資本収益 生産収益 などの複数のポートフォリオバランスが大事
■ 労働には金利がつかないが、資本には金利がつくので、だから「仕事人間・会社人間で終わる」のはダメ
■ 何者でもない弱者(若者)のうちは、労働報酬しかないが、それを徐々に「資本へ変容させてゆく」必要がある。
■ 資本主義における最終目標は、「資本を持ち、そこから収益を自動的に生む」こと以外ない。
■ 起業して収益を上げるのも、もちろんよい。しかしリスクがある。
■ 限られた時間、おなじ24時間を消費に使うのが一番もったいない。その時間を生産に当てれば収入は増える。
■ そのためには、自分の好きなことを遊びのように副業で行うのがよい。好きなときに好きなだけ。
■ 情報の非対称性や、できることとできないことの非対称性が価値や利益の正体
■ 資本は金銭だけではなく、こうした情報の差も資本となる。
などなど。
【資本主義をハックする 15】 強制労働社会を生きる術 ~おしごとポートフォリオを考える~
前回の記事で、「引きこもりの人であれ、なんであれ、基本的に人は就業することが望まれている」というニュアンスのことをちらりと書きましたが、実は
「会社員になる。就職する。どこかの職場に所属する」
というのは、日本の歴史においては、そんなに主流であった時代は長くありません。
たとえば、江戸時代までは、農家という生産者である生き方をする方が大半だったし、商家においても、家単位で活動をしていました。
もちろん、奉公人や丁稚などもいましたが、日本人の8割とか9割が丁稚になったわけでは全然ないわけです。
むしろ、そうした生き方はマイノリティでしたから、日本人の多くが「組織に属して仕事をするようになったのは、高度成長期以降」と言っても過言ではないかもしれません。
また、ある人の一生において、子供の時代、学生の時代のつぎに、「会社員(などの組織に属する)時代」がそのままやってくるというのは、世界的にみてもまれなことで、 海外では新卒一括採用などもありませんし、どうしても
「無業である期間」
「何者でもない期間」
を経て、
「就業という道もある」
という生き方をすることが大半です。
==========
そういう意味では、現代は、「いかなる人であれ、とりあえずは何らかの形で組織のようなものに属して労働者として活動することが多い、あるいは望ましい」という
強制労働社会
にあると仮定することはできるでしょう。それが正社員であれ、派遣社員であれ、バイトであれ、とりあえずは
「なんらかの形で労働者である」
ことが社会において必須とされているわけです。
そうすると、海外の新卒者のように、
「何者でもない若者」
なんてのは、許されないわけで、そのために「引きこもり支援」でもそうですが「とりあえずどこかに属して働け」という圧力がかかるのですね。
==========
ところが、こうしたスタイルは、一見すると「資本論」でマルクスが書いた「資本家と労働者の姿」にぴったりと合致するものですから、私達もなんの疑問も抱かずにその暮らしを社会全体で行っているのですが、実態としては
「みんながみんな資本家と労働者で成立するというのはナンセンス」
であることも事実です。
引きこもりという無業者がいてもいいし、自営者がもっといてもいいし、生産者がいてもいいわけです。
むしろ、資本主義ハッキングの観点から見れば、ある人が
「ある時は労働者、またある時は資本家、そしてまたある時は生産者」
といういくつかの「おしごとポートフォリオ」を有しながら人生を歩んでゆく、というスタイルが、望ましいのではないか?と思います。
富裕層の人などは、「社員でもあるし、別の会社の役員でもあるし、資産運用もして株主だし、また別の法人でも活動している」なんてことはよくあります。
彼らは「強制労働社会」という枠からはみ出しながら、生きています。
あるいは地方の農家さんで兼業なさっている人は「社員でもあり、また生産者でもある」ということになります。
これも、「強制労働社会」から片足はみ出していることになるでしょう。
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こうして考えると、本来、人は「組織に属してもいいし、属さなくてもいいけれど、なんらかの報酬が生まれる活動には従事しなくてはならない」ということになるでしょうか。
何者でもないなら、道端で露天を開いてでも、現金収入は必要だからです。
ところが、組織というのは、実は「何者でもない人間にとって、もっとも容易に報酬を得る場所である」という側面もあります。
現代は「強制労働社会」が発展してしまったがゆえに、私達は「強制的に組織に属して労働を行うことを、実はいやなことだと受け止めている」わけですが、その反対の面を見れば
「会社などの組織に属さなければ、フリーランスとして自分ですべての経営を行って報酬を探さなくてはならない」
ということが起こりえます。
これは、会社員としても能力が高い人で、自営でも能力が高い人には、フリーになってもあまり問題は無いかもしれませんが、
「自分に経営能力がなく、言われたことしかできない弱者」
にとっては、 困窮を意味します。なので、派遣社員であろうと、バイトであろうと、実は
「能力のない者については、今日からでも現金を得られる救い」
であることは、ある意味では事実なのです。
なので、そこをうまく突いて、資本家は労働を搾取することができる、という面ももちろんあります。
==========
資本主義ハッキングの側面からこのことをまとめてゆくと、最終的には
「資本主義ハックの究極の目標は、自営業者になること。そして資本家になること」
以外にはありません。
そして、そのために初期の段階では自分に力も資本もないために
「まずは雇われ労働者になって、当初の現金を得ること」
を、とりあえず行っている(その制度があってラッキー!)ということになるでしょう。
そして、労働者賃金と、資本収入と、経営による利益というさまざまなポートフォリオのバランスをとってゆくことが
「望ましい資本主義下での生き方」
ということになるのではないでしょうか。
前回、ニャートさんの論に従って、「働けない弱者はどうしたらいいか」ということをじっくり考えてみましたが、上のようなことを踏まえると
「働けない弱者は、自分で報酬を生み出さねばならない」
という、より難易度の高い状況に追い込まれるから、引きこもりから長い間脱出できないことになるのですね。
まったく逆説のようですが、「働けない人ほど、どこかの組織に属して働くことが、もっとも楽に報酬を得られる方法である」ということが起きているのです。
この矛盾は根深い問題だと思います。
==========
ただ、私は副業などを実際に行っている中で、「おしごとポートフォリオ」のバランスにおいて、
「これは幸せだろうな、幸せだなあ」
と感じることが一点あります。
ふだんは労働者をしているわけですから、「強制的」にやらされている仕事という感ももちろんあります。
しかし、副業については、
1) 自分の好きな時間に、好きなだけ取り組める
2) 自分の好きな価格を提示し、好きな利益を享受できる
3) 好きな場所で行えるから、強制された場所へ行かなくてよい
という3つの幸せポイントがあることに気付かされます。
ただ、それが本業の収入よりもかなり少ないから、まだ資本主義ハッキングが完了していないだけで、もし、「おしごとポートフォリオのバランス」において、副業で生活できる収益が上がるのであれば、
もはやおしごと人生に悩みはない!
とまで言い切れるのではないでしょうか。
この点を考慮すると、引きこもりの方に向いた就業とは
「自分の好きな場所で、好きな時間だけ取り組める(できれば好きなだけの報酬であればよいがそれは厳しいかも)」
ものである、ということが浮かびあがってくると思います。
じゃあ、具体的にそれは何の仕事か?ということがミソではあるのですが(笑)
ひきこもりと労働 ~働くとはどういうことか~
いつも敬愛しているニャートさんが「ひきこもりの働き方」について、アイデア出しをなさっているので、ヨシイエならこの問題をどう考えるかについて、一人会議を行ってみました。
元ネタはこちら
引きこもりの働き方(アイデア出し)
http://nyaaat.hatenablog.com/entry/2018/11/07
(ニャートさんのブログから)
一般的な引きこもり支援というのは、元記事にももちろん言及がありますが「就労」によって、万事OK!となっている節があります。
引きこもりなので、働いていなかったのだから、働けるようになれば万々歳だろう、という単純な話です。
しかし、学校関係に務めていたヨシイエさんとしては、まるで「不登校の子が学校に来るようになればOK」みたいに感じてしまうので、それもどうかなあ、という部分がなきにしもあらず(苦笑)
それはともかく、ニャートさんのアイデア出しでは「引きこもりというものがキャリアのひとつとしてカウントされたら面白いのに」という部分が核になっているようです。
一方ヨシイエさんの場合は、「そもそも働くとはどういうことなのだろう」という点から、引きこもりと労働について意識を再構築してみようと思っています。
はてさて、働くということは、実は単純明快です。わかりやすく平たく言えば
1) 行動を提供して対価をもらうこと
2) 行動による成果物を提供して対価をもらうこと
この2つしかありません。
行動というのは、たとえば肉体労働であれば荷物を運ぶとか、土を掘るとか、取引先に会いに行くとか、とにかく肉体を使ってなんらかの行動を行うことです。
そのことに対して報酬が発生します。
成果物というのは、翻訳された書籍が完成したり、なんらかのレポートが出来上がったり、録音録画されたものが完成したり、あるいは流し込むためのテキスト記事が出来たり、とか、そういうことです。農作物でもいいでしょう。
このことを念頭に置くと、引きこもりが引きこもりのまま報酬を得ようとすれば、
「成果物を提出する以外にない」
ことがわかるでしょう。
なんせ、外に出て「行動を提供できない」という事情があるわけですから、残りは成果物の提出以外には、どうしようもありません。
あるいは、その行動を「家の中だけで、自分ひとりだけでできるもの」と少しだけ限定してやれば、1のほうも実行が可能になると思います。
たとえば、「パソコンとにらみあいながらデイトレーダーをやる」とか「ライブチャットを垂れ流す」とか「不動産を所有して管理会社にまる投げする」とかであれば、家の中だけでも「行動」を報酬に変えることができるかもしれません。
==========
さて、もうひとつポイントがあります。
それは、仮に、成果物を家にいながらにして報酬に変えることができるとして、
「それを誰かがシステムとして提供してくれるのか」
と
「それを自分でシステム化して行うのか」
という2つです。
ニャートさんのイメージでは、なんとなく前者の「万人に提供されるシステムは作れないものか。そして、引きこもりの人は、そのシステムに楽に乗っかれるといいよね」という考えに近いように思います。
逆に、後者だと、「引きこもりから起業する」というアクションに相当するでしょう。
となると、引きこもりの人が報酬を得るには成果物を作ってもらえばいいわけですから、
「内職の元締めをやる」
とか
「引きこもり向け内職マッチングサイトを作る」
とか、そういうことになるかもしれません。
もちろん、現物を作らなくても、デジタル納品でもいいわけですから、ランサーズとクラウドワークスに引きこもり向け案件があれば、もう明日からでもそのシステムは存在することになるかもしれません。
==========
逆に後者のほうの「自分でシステム化して行う」というのは、実は単なる起業です。
引きこもりの人が、自分で成果物を生み出し、それをマネタイズする、というひとつの成功譚というわけです。
そうすると、「何が成果物として売れるのか」ということが、この話の根幹であるということになります。
今回のニャートさんとみなさんのアイデア出しにおいては
「引きこもり」という経験をどのように成果物に変えることができるか
を考えていることになるでしょう。
・引きこもりの日常を漫画にして売る
・引きこもりの体験をnoteで販売する
・四六時中ネットをしている体験記を売る
・引きこもりを脱した体験を引きこもりを持つ親に売る
・引きこもりの過ごし方セミナー
・引きこもりから脱出した方法を学ぶセミナー
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
なんか、どんよりしてきましたね。なにか違---ううう!!!!
==========
個人的には、実はヨシイエさんには「誰かにやってほしいこと」というのがいくつもあります。
たとえば、私は別の名義で木工品を作って販売しているのですが、もうすべて私が作るのは手間が取られて仕方がないので、どなたかに自宅でこちょこちょ作っていただいて、それを私が買い上げてもいいし、注文はひっきりなしに来るので、それを発送まで任せてしまってお金を支払ってもいいのです。
ですが、これは単なる下請け作業、ということになります。工場に出勤してもらわなくていいだけで
「家内制手工業」
です。引きこもり対策 ”にも” なるだけですね。
ちなみに余談ですが、工場に出勤して労働者に成果物を作ってもらうと、その品質管理は企業が責任を持たねばなりません。
しかし、引きこもりの方に製作を任せてしまうと、その品質管理は、引きこもりの方にも責任が生じます。
木工品ではイメージがわきにくいと思いますが、「梅ジャム」を工場で作っているのと、引きこもりの方の個人宅で作ってもらっているのを比較すると、実は食中毒を出してしまったとして、
「引きこもり対策とは、責任を引きこもりの方に負わせることにもなる」
という面があることに気づくことでしょう。だから企業は「出勤しなさい」というわけです。自分たちの管理下に置いたほうが、楽だからです。
で、管理に管理を重ねるので、労働者はやられてしまうわけですが。
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もうひとつ、ヨシイエさんは「絶対に儲かる商売」というのをずっとやっています。
絶対に儲かるビジネス
https://kotaro-yoshiie.blogspot.com/2018/05/20.html
絶対に儲かるんですが、そろそろヨシイエさんは本業が忙しくてやっている暇がないので、引きこもっている方に下請けしてほしいと時々思います。しかし、
「残念なことに、下請けに出してしまうと、絶対に儲かるのでその人が自分でそのビジネスをやりはじめてしまう」
という大きな矛盾!にしてやられてしまうのです。
なので、もう少し私がウハウハになってからでないと、お願いすることはできません。
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こうして考えてゆくと、全体のまとめに入りますが、引きこもりの方が報酬を得てゆくには
A「自分の人生を切り売りする」
B「現物もしくはデジタル内職をする」
C「起業する」
D「家内制手工業を行う」
といった方法があるらしいということになりそうです。
しかし、よく考えるとこれは、
「勤め人になる以外、なんでもやります」
ということに他ならないのではないか?と思ってきました。
そうだ!なんでもやってみればいいのだ。
2018年11月7日水曜日
【資本主義をハックする 14】 日本人の生産効率を上げるには、サラリーマンを減らせばよい
これからの日本の状況をわかりやすく示した記事として、次の記事が話題になっているようです。
マカオ転職で給料4倍!
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/23/news046.html
ITメディアさんの記事ですが、なんと、日本からマカオに転職したら給料が4倍になった!というお話。
まあ、話の内容そのものは国際経済においては至極当然のことで、たとえば、
「スイスでマクドナルドを食べると、1000円もするんだぜ!」
と言っていることは実はそれほど変わりません。
ただ、従前からスイスだったら
「ヨーロッパだし、ロレックスやらオメガは高いから、マクドナルドも高そうだなあ」
というイメージと合致していたものが、
「えー?今までぶっちゃけ日本より下に見ていたアジアのほうが、今や経済的にも日本より上なの?」
という現実を見せ付けられる感のショックのほうが大きいという話かもしれませんね(苦笑)
なんでも、中国の某企業では、
「初任給が40万円!」
に相当するらしく、みなさんビックリしていますが、なんていうことはない。
現在絶賛40代のわたくしヨシイエの父親の初任給は3万円だったわけですから、父の時代から見て、私達の初任給が18万円というのは、まさにこのオドロキと同じなのです。
もっと言えば、父親が子供を生む1つの世代の間に給料が6倍になったわけですから、私が子供を生んだ息子の世代には、
初任給は 18×6=108万円 !!!
になってなくちゃならなかったわけで、 失われた20年とやらが本当に
失われすぎやろ!!
と突っ込まずにはいられません。ワシの(息子の)108万円を返せー!!!
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しかし、今回の資本主義ハッキングのポイントはそこではありません。
むしろ記事の後半のほうですね。
日本における昨今の「生産性」という言葉は、どうも恣意的に誤解されうるように使われているので気をつけて文脈を読むようにしている
☆参考記事☆
経済的に豊かであるとはどういうことか
https://kotaro-yoshiie.blogspot.com/2018/08/blog-post_22.html
のですが、一般的には
「日本全体のGDPを上げよう」
というニュアンスで用いられていて、かつ
「でも、今いる人たちの給料を2倍にして、価格を2倍にしたらGDPは増えるぜ、という文脈ではない」
というところがポイントだと思っています。
その点、この記事の著者さんは、そのあたりはかなり正確に描写なさっていると思います。
「生産効率とは、つまり中抜きをやめて本来の生産そのものとリンクさせるべし」
という意味合いですから。
(ただし、この著者さんの言うとおりにすると、かさ上げされているGDPは減りますので、つまりは、生産効率は上がり、生産は落ち込むことになります。
しかし、著者さんの意見に添えば、それでもいいから、個人あたりの生産効率は上げろ、ということになります)
ヨシイエさんは、建築系中小企業で働いているので、この中抜き構造はよくわかります。
「 スーツ組の給料を出すために、下請け業者は3分の一の値段で仕事をさせられている 」
という側面があります。逆に言えば
「ブランド業者ではない下請けに直接頼めば、3分の一の価格で工事ができる」
ということでもあるし
「ブランド業者は、3倍ぼったくっている」
ということにも繋がります。
ただ、このことを直接今回の記事に当てはめると
「工事業者に、直接3倍の支払いをすれば、生産効率は上がる」
と言っていることになるので、それはちょっとどうなん?という意見も出てくるでしょう。
(3分の一で工事ができてしまうのに、3倍払う必要があるのか、という点において)
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しかし、上の点はさておき、中抜き構造を改善すれば、生産効率があがるだろう、ということは誰にでもよくわかるところだと思います。
ということは、必然的にスーツ組が減るわけですから、
「(いわゆる)サラリーマンは減少する」
ということに繋がります。
顧客との間を取り持つスーツ組がいなくなれば、最終的には
「 実際に何かを行う者、直接提供者の収入は上がる」
ことは間違いないでしょう。
しかし、そうなると、私達は資本主義ハッキングの上で
「会社にぶらさがることが出来るサラリーマンには、いよいよ就業できなくなる」
ことも覚悟しなくてはなりません。
起業するか、なんらかの形で
「直接提供者になる」
という努力は必要になりそうです。
ラベル:
資本主義をハックする,
生産効率
2018年11月6日火曜日
【資本主義をハックする 13】 顧客満足度の終わりと、「提供者満足度」のスタート
ハンドメイドが流行したり、自分でいろいろなものと手作りして、なおかつ販売しようという機運が高まっている昨今ですが、どうやらツイッターなんかをみていると
「手作り品が高い!」
と、作者に対して文句を言ってくる人たち、という存在があるようで、話題になっています。
私も別の名義で手作り品を販売したりしていますが、この手作りの概念というのは、とても難しくて、たとえば小さなアクセサリーなんかでは
「このアクセが8000円」
という価格提示があったとして、
「高い!」
という反応をする人と
「そりゃそれくらいするよ!」
という反応をする人に大きく真っ二つに分かれるのは理解できます。
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人があるものに対して「高い」と感じるか「安い、もしくは妥当だ」と感じるかは、その基準となる
「ふだん購入しているもの、ふだん目にしている情報」
によります。
100円均一とか、せいぜい500円程度の雑貨を見慣れている人からすれば、8000円のアクセサリーは高いと感じるのは、ある意味においてはいたし方ありません。
しかし、自分でモノづくりをしていたり、あるいは高級手作りブランド品を知っている人からすれば、「安いなあ!」とは言わないにしても「妥当だな」くらいの感想に落ち着くのではないでしょうか。
たとえばランドセル。高級品であれば10万円。普及価格帯でも5万円くらいは平気でします。しかし、イオンの最安値は8800円くらいからあります。
さて、手作りで本皮を使ってランドセルを作る場合、どれくらいなら納得できる価格でしょうか。
ランドセルがピンとこないなら、本皮の手さげバッグや、クラッチバッグならどうでしょう。
このあたりは自問自答なさってみると面白いと思います。
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さて、資本主義社会、商業主義社会の中で、これまでは「生産者と消費者」というものが明確に別れていましたが、これからの社会は、メイカームーブメントなどに限らず、もう少し
「提供者(生産者・販売者)と消費者の垣根が低くなったり、その差が薄くなったりしてゆく」
時代がやってくると思います。
そうすると、資本主義をハックするという観点では、このすり合わせや、合致点・妥協点を見出すことも、重要になってきます。
ということは、これまで企業の活動においては
「顧客満足を追求し、顧客満足度を上げる」
ということが第一義のように叫ばれてきましたが、あなたもわたしも提供者になるのですから、
「提供者満足とは何かを考え、提供者満足度も上げる」
必要が出てくることに気付くわけです。
ツイッターの例ではないですが、8000円のアクセサリを作っている作家さんに対して
「それでは高い!どう考えても材料費は1000円くらいだ」
と言ってくる一般者が存在するわけですから、
「じゃあ、3000円でなら買おう」
「いや8000円じゃなきゃ、よそへどうぞ」
というせめぎあいが、これからはどんどん増えてゆくであろうし、それもまた商取引そのものなのだということになるかもしれません。
(オークションは、こういう機能を持っています)
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アクセサリを提供している、提供者から見れば、自分の作品が1000円呼ばわりされたり、3000円しか評価されないことは不快です。満足感はありません。
しかし、仮に、心持ちお値打ちで7500円だったらどうですか?と一般のお客さんに言われたとしても、そこまで不快にはならないでしょう。
満足度はやや下がるかもしれませんが、それはある一定の枠内に収まっていると考えても差し支えないでしょう。
この「提供者満足」という考え方は、実は資本主義の「スポットライトを当ててこなかった、重要な側面」だと思います。
これまでは「顧客満足」だけにスポットライトが当たっていましたが、実は資本主義には、かならず「提供者満足」という側面が存在しているのです。
それは、労働者が、「いくらの賃金で働き、またどのような処遇や境遇で働くことができるか」という観点です。
労働組合華やかなりし頃は、労働運動という形でこのことにスポットライトが当たっていましたが、どうしてもそれだと共産的な
「搾取する資本家と搾取される労働者」
の文脈で語られてしまうのでわかりにくかったかもしれません。
しかし、これからのように提供者と消費者が個人間で繋がるような事例が増えてくれば
「提供者満足と、顧客満足は、均衡が取れる地点でこそ成立するものである」
ということに、だんだんとスポットライトが当たるようになるでしょう。
このことが多くの人に理解されるようになると、「労働力の提供」とはなんであるか、がもっとはっきりしてくるのではないか、と思います。
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資本主義ハッカーの観点から、この「提供者満足と顧客満足の話」を解析すると、いくつかのポイントがみえてきます。
<ハッキングポイント その1>
『 提供者満足は、どこに存在するのか。
材料費と手間にかかった費用はコストであるから、提供者の作品であるという価値は、もしかすると利益にこそ存在する、という仮説が立てられるかもしれない。
そうすると、提供者の利益は、どのくらいであれば、顧客の満足度とつりあうのだろうか、という問いが立てられる。
仮に利益が20%~30%のあたりが、常識的な提供者満足の源泉だとすれば、手作り品を紹介したり、店舗のように販売できるサイトに登録した場合の手数料が20%~30%あるとすれば、提供者満足度は、恐ろしいことに仲介サイトにまるごと搾取されることになる
だとすれば、提供者満足と顧客満足の均衡点は、個人売り対個人買いでこそ成立するのだろうか』
↑ たとえば、こんな考え方で読み解いてゆく方法もありそうですね。
<ハッキングポイント その2>
『 手作り品販売サイトにしても、手数料が取られ、あるいは、労働者として雇用されても、利益分は会社に取られるのだとすれば、
「直販直取引こそが、提供者満足が最大になり、かつ顧客満足も最大になる方法かもしれない」
と考えられる。一部の自営業者が「下請けから、直販に舵を切り替える」というのは、まさにこのことを指しているのであって、労働者も実は「労働者から企業家へ」という流れがもっとも提供者満足が上げられる方法なのではないか 』
↑ こんな風に考えはじめると、労働そのものの意味づけも変わってきますね。
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今回は、試論のような形で「提供者満足」という言葉を作ってみましたが、実はこれが「ワークライフバランス」とか「働き方改革」とか、そういうものの
コア・核の部分
なのではないかな、と思います。
このあたりをしっかり読み解いてゆくことで、資本主義をうまく立ち回るためのハッキング方法が見えてくるような気がします。
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