2015年3月2日月曜日

<実国学を考える 5> 格差はすでに再配分されていた!実は平等な国家「日本」

 トマ・ピケティブームの昨今ですが、彼の説によれば



「親の代からの資産を持つものは、その資産によってお金が増えてゆくので有利」



ということでした。


 また、



「資産によって得られる利益・利子は、頑張って働いて伸びた給与や稼ぎの資産より多い」



ということがわかったため、



「公平な世界を作るには、格差を縮小するために、資産の多いものから税金をとらねばならない」



という結論に至るようです。



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 ところが、特に日本においては、ピケティ説が一概に正しいとはいえない=当てはまらないのではないか、ということが議論されるようになりました。

 世界の傾向がそっくりそのまま、日本のこれからにピッタリ合うかどうかはわからない、ということです。


 さてこの理由、いったいなんで日本は世界と事情が異なるのか、という点ですが、歴史を紐解いてみると面白いことが浮かびあがってきます。


 簡単に結論から言えば、


「日本の場合、すでに格差は再配分されている」


ということがざっくりとした事実だったりするのです。まあ驚き。 

 

 もしかすると、戦後高度成長期に「一億総中流社会」なんてことが実現できたのも、「格差は既に再配分されていた」からかもしれないし、これからの時代においても、「ピケティ理論は、ちょっと日本では修正が必要」かもしれないわけです。


 というわけで、今日は実国学の視点から



「再配分終了後の社会、ニッポン」



について考えてみたいと思います。


 前回までは、日本という国の概念をざっくりと「国学」の歴史と共に説明してきましたが、ここからはいきなり実践編に入ります。

 日本の国の伝統的あり方を頭の片隅に置きながら、現代の諸相を読み解いたり改革していこうという試み、それが「実国学」なのです!


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 さて、ピケティのいうところの資産が経済発展よりも利益を生む、というデータを収集した期間というのは、ざっくり200年くらいだとされています。

 つまり、

19世紀初頭から20世紀はじめにかけての時代

1900年代前期から1970年ごろまでの2度の戦争の時代

それから戦後の高度成長の時代

です。


 この3つの時代は、以下のような特徴があります。


 最初の時代は、9割以上もの資産が親子間で受け継がれ、持つものと持たないものの格差が非常に広がっていた。


 次の時代は、不況と戦費調達のため、富裕層の富が大きく失われた期間であり、格差が縮小した。


 最後の戦後時代は、富裕層がまた富みはじめ、中間層が消えて二極分化している。



 特に、最後の時代は格差拡大の傾向であるため、このまま格差はいっそう広がるよ、という警告の書となっているわけですね。



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 このピケティが分析した200年間を再検討すると、日本においてはこの時点ですでに多少のズレがあることがわかります。


 たとえば、日本では、特権階級だった武士が「秩禄処分」により資産を失ったのは明治維新のせいです。

 明治維新は1868年ですから、ざっくり150年前。150年前には、日本人は一度


「資産の再配分」


を経験していることになるわけです。


 それから、戦後のGHQの介入で「農地改革」が行われたのは、1947年(S22年)です。

 この時点で、土地持ち農家は解体させられており、小作人に土地が再分配されています。


 また、この前年「預金封鎖」「新円切り替え」「財産税」という方法で、富裕層から現金を奪っていますので、金融資産面でも、不動産資産面でも、実質的な再配分が実行されていることがわかるわけです。


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 ここまでの話で、日本の場合は、明治維新から太平洋戦争までの歴史の中で、ピケティ標準モデルよりも


「早い時期から格差の再配分がはじまっており、かつ、戦争に負けたために強制的に再配分は敢行されている」


ことがわかるはずです。


 そのため、その後やってくる「高度成長」時代において、「国民全体のスタートラインが、その時点であまり差がなかった」ことにつながり、


一億総中流


時代への基礎となっていることがわかるのです。





 実国学では、「日本の土地の在り方、ありよう」にかなり着目してものごとを考えますので、もっと深いことを言えば、


「室町時代末期の下克上風潮」


から戦国時代突入により、朝廷・幕府由来の資本格差は再配分されているし、その後天下統一と江戸幕府の隆盛によって、一旦富は固定化したかに見えたものの、その実態においては


「特権階級である武士が、領地を持ちながら実は実行支配せずに、土地を実行支配していたのは帰農した元武士領主である『庄屋・土地持ち百姓』層であるという二重構造」


があったため、権力の格差と資本の格差が連動しにくかった、面に着目しています。


(江戸時代の武士は、土地を所有しておらず、徴収権・徴税権だけを持っていた)



 そういう面では、日本という国は、実は資産に関してはかなり何度も「再配分」「どんぶり返し」が行われていた、と見ることもできるわけです。



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 さて、翻ってピケティ的に言うところの1970年代以降の、いわゆる「再び格差の時代」についてはどうでしょうか。


 たしかに、正規社員と非正規社員の問題であったり、地方と都市の差であったり、様々な面で「格差」が取りざたされるようになっている感じがします。


 しかし、一方でシャープ・松下・ソニーといった70~80年代型巨大企業にも再編の波が押し寄せ、旧財閥系企業も合併を繰り返してなんとか家名を保っている状況を見れば、格差の単なる拡大だけを叫ぶのは難しいかもしれません。


 また、ユニクロなどに代表される、新興資産勢力も現れているわけで、意外と「回転率が上がっている」のかもしれません。



 その根源的理由は、実ははっきりしていて、現代日本においては、「封建的土地制度としての資本・資産が機能していない」ことが挙げられると思います。



 本来、広大な土地資産を持つものは、大きな金融資産をもつこととニアリーイコールでしたが、現代日本では、北海道に広大な土地を持つよりも、都心に小さな土地を持つことのほうが価値が高くなっています。


 そうした、土地をめぐるアンビバレントな状況が、「資産と資本の継承」を再配分させている面はあるでしょう。


 200年前であれば、田舎に広大な土地を持つものは、絶大な資本を次世代へ継承できたでしょうが、現代日本では、都心に小さな土地を持つものですら、相続税に苦しんで土地すら失うという状況です。

 田舎の大土地は、売れない不良債権に成り下がっており、売れても二束三文です。


 一方、都心のマンションにいくらでもお金を払う人がいますが、マンションの躯体がだめになる60年後にはそれらは資産から負債へと変化します。


 つまり、現代の日本には「継承されるべき堅実な資産などない」という面白い状況が起きているのです。


 160万人とも言われるニートを親が一方的支払いで食べさせていたり、夫婦でお金を稼いでいるリッチな人たちは子どもが1人いるかいないかだったり、とにかく


「資産継承面でも、この国は問題だらけ」


だということも忘れてはいけません。




















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