2017年5月31日水曜日

<実国学を考える20> 幸せなる人生というやつが、だいたいわかった件。 ~まだ東京で絶滅してるの?~






 人生とは一体何なのか。


 この疑問は人類共通の問いだと思いますが、残念ながら「おおむね答えが出てしまい」ました。


 そんな悟りを開いたようなヨシイエのヨタ話に、しばしお付き合いくださいませ。


 哀しいかな、今日のお話は、あまりに救いがないので、万人に読まれるべきものではないと思いますが、ヨシイエの数少ないファンの方には、お話してみようと思う次第です。




 さて、吉家は自称「実国学者」を名乗っています。国学というのは「日本のあり方、ありよう」をじっくり検討する学問ですが、


 万葉集の時代が良かったなあ!
 (荷田春満)


という考え方から国学を構築した先輩もいれば、


 やっぱり神道の精神だよねえ!
 (平田篤胤)


という考え方から国学を立てた先輩もいます。


 国学の流れについては

https://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2015/01/blog-post_23.html

にまとめてあるのでそっちから読んでくださいね。





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 さて、そんな国学の流れを念頭に置きながら、「この日本はどのように生きながらえ続けてきたのか」を実際の実像に迫りながら考えるのが実国学なる視点なのですが、今日はなんと



”実国学的に考える、日本人の幸せな人生”


について、あらかた答えが出てしまった、という恐ろしい話です。





 その前に、以前このブログで取り上げた、


『若い女性が貧困で風俗嬢になるしかないのと、妾・側室になるのとどっちが良いか』
https://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2016/01/blog-post.html


を予習がてら読んでおいてください。


 ここで何を頭の片隅において欲しいか、というと。


”江戸時代から明治頃までの女の人は、どういう暮らし方をしたのか”

”上流階級数パーセントの人はどうだったか。中流の数十パーセントの人はどうか。庶貧民の数十パーセントはどうだったか”


の2つの問いです。



 そして、このことを覚えておきながら、次の文章を読んでくださいね。





 THE PAGE より

商人は華やかだが、つらい仕事 明治期の彩色写真に記録された呉服屋の実態」
https://thepage.jp/detail/20170529-00000006-wordleaf 





 社会思想と哲学をやっておられる森田先生という方の文章です。簡単に言えば、江戸時代の男はどのように生きたか。というお話。


 たとえば、どこそこの藩主の話や「武士の家計簿」などで、なんとなくですが「上流~中流」の江戸の男子の生き方は想像がつくようになっている昨今ですが、


「中流~下流(つまり当時の日本の数十パーセントの人たち)の男子の暮らし」


というのが、この記事からわかるようになっています。



 先に女の子バージョンの「奉公人から家事手伝いまでの暮らし」について考えたのと、対になっています。





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 上の記事には、実は重要な「答え」が書いてあって、そこがまさに実国学的にはツボだったりします。



 それはどんなことかといえば、



「長男は、子供を産んで育てることができるが、そこからいかに子供が増えようとも、その長男以外は子孫を残していない。なので、日本の総人口は変わっていない」


ということです。江戸時代末(そしておそらく明治頃)まではね。


 それを目に見える生活レベルで描いて下さっているわけですが、一言でいえば


「都市生活者は男女とも子孫を残せないだろう」


ということです。年であれば商家の主人クラスか、地方であれば土地持ち地主クラス以外は、子孫を残すことができず、残せたとしても長男の直系(養子など含む)だけが続いてゆく感じ、なのです。


(もっと恐ろしいことに、記事によると独身で人生を終わるどころか「途中で死ぬ」と書いてある)



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 ここで、恐ろしい話の核となる人口推計を挙げておきます。



 すごく荒っぽいので、詳しい数字が知りたい人はググッてください。

 簡単に言えば、こういうことです。

 鎌倉時代の日本の人口は700万。室町で800万。江戸幕府が出来た1600年で1200万。

 日露戦争で4700万。1900年ごろのお話。


 そこから2000年にかけて100年で日本の人口は1億2千~3千近くまで行くわけです。


 単純に約2.7倍に増えるわけですが、この間


「お父さんとお母さんから子供が3人~5にんぐらい出来て、みんな成人してそれぞれ孫を作って、孫が5人~15人ぐらいになったよね」

 というおじいちゃんおばあちゃんが存在したということです。


 ところが少子高齢化にすでになっており、このままいくと人口推計は、次の100年~で元に戻るとされています。

 2100年時点で、推計は6500万~8000万くらい。


 この時のおじいちゃんおばあちゃんは、


「お父さんとお母さんから子供が2人くらい出来て、子供のうち一人は結婚したけど一人は独身のままで、一人だけ孫が一人出来て、 その孫一人きりだねえ」


という人が大半だということです。


 これが、江戸時代に起きていた「長男の家系だけが存続する」というやつです。



 となると、単純計算で、日露戦争ごろに存在していた家系は、今3倍くらいに膨れ上がっているけれど、元にもどるわけだから、3分の2の今の人たちの子孫は、100年後にはいない、ということになります。


 荒っぽいけど、今存在している日本人のうち、6割7割は、「自分は絶滅しないけど、子孫はかならず絶滅する」ということになります。



 現存している日本人のうち、100年後も子孫が続くのは4割以下だと思われます。


 あなたがどんなに頑張って人生を送っても、3人に2人はどこかで絶滅がやってくるというわけです。


 スーパーマリオの2面で終わるか3面で終わるかぐらいのことで、ほとんどの人はそこら辺で終わってしまうのです。


 あなたがすっごい頑張っていい人生を送っても、息子や娘が「クソみたいな人生を送るのを見る」可能性のほうが高いかもしれないという恐ろしい話です。






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 とすれば、逆にこの4割はどういう人たちが生き残るというのか。


 まずは、ベタですが、


「子供がいる人」


です。この際、結婚してなくてもいい。子供がいれば子孫はつながる可能性があります。


それから、子供ができてもそこで潰えてしまってはどうしようもないので、


「子供の代でも、その次の子供が作れる家庭を持てる人」


が、さらなる条件になります。


そのためには、


「ひ孫くらいまで、なんらかの形で資産を継承できる人」



が、重要ポイントになります。港区にタワーマンションを持っていてもダメです。孫の代に関東大震災が来て倒壊していたり、タワマンブームが終わっていたりしたらダメだし、孫がアホで定職につけなくてもダメです。


 そうすると、日本全体を見回すと、はるか昔からこれに該当しそうで、これからもこれに該当しそうな人種がいることに気付きます。




① 田舎や地方都市で、昔は庄屋さんだったのよなんて言われながら、

② なんだかんだいって田んぼやら畑を持っていて、それがいま不動産賃貸とかになってて

③ 駐車場とかアパートとか、ちょびっとだけある感じの。

④ お父さんは役場の人で、おかあさんが地域のケアマネージャーとかやってる。

⑤ 大学は都会へ出してもらったけど先祖代々の土地とかあるから、帰ってきて役場に入った息子がいる。

⑥ そんな家柄の長男とか。



なら、あと3代くらい今の暮らしを継承してゆけば持ちそうですね。



 大都会へ出て、大企業へ入り、「全国・海外を飛び回るぜー」とか行ってた人は、これからの100年で激減しますから、それが「勝ち組」になるかどうかはわかりません。


 そういう人は、みな中国人とかインド人になってしまい、日本人ではなくなる可能性が大で、日本人は

「海外じゃなくて内需だぜ」

とかその頃言い出してます。


 地方の役場は、なかなか無くなりません。無くなっても合併で生き残りますから、イスは徐々にしか減りません。




 日本の人口が、江戸時代やら戦国時代に戻るということは、「江戸時代やら戦国時代に領主層として生きていた人たちのスタイル」を実践するものが生き残るということです。


 それ以外は、都市へ出ても独身のまま途絶えるということです。



 ならば、日本人にとっての100年後の幸せは、もはやはっきりしています。


 地方の領主になること。イケダハヤトさんではないですが



 まだ東京で絶滅してるの?



です(苦笑)



 それも、江戸時代に「藩」があった中心地域などに根ざしてゆくことが大事です。そういう場所は、経済や政治においても、なかなか「削減」の対象にならないからです。


 間違っても「ど田舎村の僻地」へ行ったりしてはいけませんよ!





































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