先日よりレポートしているLenovoのパソコン・PCにおける組み込みソフト(BIOS)問題ですが、解決策の新しい情報が9月付けで発表されていたので、これも追従してお知らせしておきます。
巷で安売りされていたG50の安価モデル(約3万円ノートPC)はG50-30ですので、該当しない方も多いと思いますが、G50-80をお持ちの方は該当です。
☆ちなみにこれまでの経緯はこちら↓
http://kotaro-yoshiie.blogspot.jp/2015/08/lenovo-biosg50.html
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さて、新情報では、とにかく「BIOSを新しいものに更新しましょう」ということで、その手順が文書になって公開されています。
Lenovo 公式アナウンス
https://support.lenovo.com/jp/ja/documents/HT104000
以下のモデルについては、詳細が説明文書になっているので活用できます。
Flex 3 (1120) BIOS更新手順
G50 (G50-80) BIOS更新手順
S21e (S21e-20) BIOS更新手順
YOGA 3 (1470) BIOS更新手順
YOGA 3 (1170) BIOS更新手順
Z51 (Z51-70) BIOS更新手順
Lenovo LSE ディセーブラ(無効化)ツール作業手順
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さて、これにて一連のLenovoのプリインストールソフト問題は解決に向かうと思いますが・・・。
ちなみに9月第4週のG50の価格は36,980円なり。
http://nttxstore.jp/_II_LN14917563
これまでの最安値は24,800円だったので、12,000円以上も高くなってますね。
2015年9月22日火曜日
2015年7月14日火曜日
いじめを根絶する画期的な方法 ~本質が見失われている、いじめ~
岩手県のとある中学校で、いじめを受けていたと思われる少年が自殺した事件をはじめ、日本中で
いじめ問題
が後を絶ちません。有名な事件で言えば、大津でのいじめ事件もありましたが、こうした悲惨な事件は日本中で今日もたくさん起きています。
誰もが、いじめは”あってはならない””ないほうがいい”と思っているのにも関わらず、どうして悲劇が繰り返されているのかという課題ですが、一般的には
「学校の体制が」
とか
「保護者のしつけが」
とか
「親子のコミュニケーションが」
とか
いろんなことが言われています。しかし、それらの言説の根幹はほとんどすべてが間違っていると言ってもいいでしょう。
そうです。「いじめ問題」には、あまり誰もが関心を持っていない、大きな根本的なポイントが隠れているのです。
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いじめにまつわる根源的な問題、それは
「誰がヘマをやり、誰がケツを拭くのか」
という簡単なポイントです。
「やったのは誰で、謝るのは誰か」
「実行犯は誰で、捕まるのは誰か」
でもかまいません。
「いじめ」という行為の場合、いじめをやっているのは加害未成年だと言えるでしょう。
そうです。いじめの実行犯は、常に加害未成年です。
しかし、いじめ問題が起きた場合、これまた常にその責任を問われるのは「学校もしくは教師」です。ここに大きなポイントのずれがあります。
学校や教師に、一定の管理責任があるとしても、実行犯は常に加害未成年であることを忘れてはいけません。
どういうことか。理屈は簡単です。もし万一学校や教師に「管理責任がある」としても、それはかならず実行犯に対して
「過失割合が少ない」
はずです。なので、そこをきちんとあらためて
「実行犯に、最大の責任を負わせる」
ことが最も大切な処理なのです。
もうひとつ、間違ってはいけないことがあります。実行犯常に加害未成年ではありますが、そこで、未成年者の監督責任者としての
保護者に責任を負わせる
ということも、本来的には間違っています。なぜなら、保護者は実行犯ではないからです。ましては犯行の指示者でもありません。せいぜい不本意ながらそうなってしまっただけです。
==========
こうして考えると、これまでの日本のすべての「いじめ」の処理は、実行犯が全く責任を明確に取らされないまま、なぜか保護者や教師という「巻き込まれた大人」が責任を負い、そして、被害未成年が実損をこうむるという
まったくもって、事実関係がかみあっていない
ことばかりが起きていることがわかります。
だから毎回毎回何一つ解決しないまま、同じことが起き続けるのです。
==========
世間の人たちの間には、「大人や学校や教師がしっかりしていれば、いじめは防げる」と考えています。
しかし、それは完全に間違っています。
なぜなら、「大人や学校や教師は、いじめるつもりがないし、それを実行しない」からです。
また、論説を一歩譲って、
「こどもは間違いを犯してしまうことがあるから、大人がしっかりと管理していなくてはいけない」という人たちがいます。
だとすれば
「犬や動物は、間違いを犯して噛み付いてしまうことがあるから、大人がしっかりと管理していないといけない」
ということと同等ですよね?
では実際にはどうやって管理しますか?方法は一つしかありません。
「鎖につないでおくか、噛まれる側と離した檻に入れておくこと」
しかないはずです。
だとすれば、間違いを犯すかもしれない子供が複数いたら、1人ずつ引き離しておくか、いじめないように全員を監視しておく以外にはないということになります。
同じ種類の動物同士でもそうです。特定の魚は、おなじ水槽で飼うとオス同士戦いますから、別々に飼いましょうなのです。
==========
しかし、私は、上記のように動物のように管理監督する必要があるとは思いません。こどもたちは人格を持った一個の人間なのですから、縛り付けられたり、引き離しておくことは人権侵害です。
ですが、もし万一間違いを犯してしまったものがいれば、相当の罪に対して償いをしていただかなくてはいけません。
そうです。いじめた者は、ケツを拭かねばなりません。主たる責任を大半負わねばならないのです。
しかし、未成年ですから更生の余地はあるでしょう。
そのために、制度がきちんと整っているはずです。
刑事相当にならないための「少年院」という制度が。
==========
結論です。いじめが発覚したら、それに加担したものは全員少年院にぶちこめばいいのです。名前は出さなくてもかまいません。刑事相当なら検察へ送ってください。
そして、それをマスコミは粛々と報道すればよろしい。
「誰それをいじめていたなんちゃら中学校の少年A・B・Cは少年院へ送られました」
と報道しさえすればいいのです。
教師の指導はとっても簡単です。こどもたちの怪しい動きを発見したら
「少年院へ送ります」
とだけ言えばいいのです。それでいじめはピタッと止まります。
現実的に、「いじめられている側のこどもを転校させる」という措置がたくさん取られていますが、これもいじめられている側だけが実損をこうむっています。
そうです!「いじめている側に院へ移っていただく」措置を取るほうが、理にかなっています。
当たり前のことを当たり前にやりさえすれば、いじめなんてものは根絶できます。
いじめ問題
が後を絶ちません。有名な事件で言えば、大津でのいじめ事件もありましたが、こうした悲惨な事件は日本中で今日もたくさん起きています。
誰もが、いじめは”あってはならない””ないほうがいい”と思っているのにも関わらず、どうして悲劇が繰り返されているのかという課題ですが、一般的には
「学校の体制が」
とか
「保護者のしつけが」
とか
「親子のコミュニケーションが」
とか
いろんなことが言われています。しかし、それらの言説の根幹はほとんどすべてが間違っていると言ってもいいでしょう。
そうです。「いじめ問題」には、あまり誰もが関心を持っていない、大きな根本的なポイントが隠れているのです。
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いじめにまつわる根源的な問題、それは
「誰がヘマをやり、誰がケツを拭くのか」
という簡単なポイントです。
「やったのは誰で、謝るのは誰か」
「実行犯は誰で、捕まるのは誰か」
でもかまいません。
「いじめ」という行為の場合、いじめをやっているのは加害未成年だと言えるでしょう。
そうです。いじめの実行犯は、常に加害未成年です。
しかし、いじめ問題が起きた場合、これまた常にその責任を問われるのは「学校もしくは教師」です。ここに大きなポイントのずれがあります。
学校や教師に、一定の管理責任があるとしても、実行犯は常に加害未成年であることを忘れてはいけません。
どういうことか。理屈は簡単です。もし万一学校や教師に「管理責任がある」としても、それはかならず実行犯に対して
「過失割合が少ない」
はずです。なので、そこをきちんとあらためて
「実行犯に、最大の責任を負わせる」
ことが最も大切な処理なのです。
もうひとつ、間違ってはいけないことがあります。実行犯常に加害未成年ではありますが、そこで、未成年者の監督責任者としての
保護者に責任を負わせる
ということも、本来的には間違っています。なぜなら、保護者は実行犯ではないからです。ましては犯行の指示者でもありません。せいぜい不本意ながらそうなってしまっただけです。
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こうして考えると、これまでの日本のすべての「いじめ」の処理は、実行犯が全く責任を明確に取らされないまま、なぜか保護者や教師という「巻き込まれた大人」が責任を負い、そして、被害未成年が実損をこうむるという
まったくもって、事実関係がかみあっていない
ことばかりが起きていることがわかります。
だから毎回毎回何一つ解決しないまま、同じことが起き続けるのです。
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世間の人たちの間には、「大人や学校や教師がしっかりしていれば、いじめは防げる」と考えています。
しかし、それは完全に間違っています。
なぜなら、「大人や学校や教師は、いじめるつもりがないし、それを実行しない」からです。
また、論説を一歩譲って、
「こどもは間違いを犯してしまうことがあるから、大人がしっかりと管理していなくてはいけない」という人たちがいます。
だとすれば
「犬や動物は、間違いを犯して噛み付いてしまうことがあるから、大人がしっかりと管理していないといけない」
ということと同等ですよね?
では実際にはどうやって管理しますか?方法は一つしかありません。
「鎖につないでおくか、噛まれる側と離した檻に入れておくこと」
しかないはずです。
だとすれば、間違いを犯すかもしれない子供が複数いたら、1人ずつ引き離しておくか、いじめないように全員を監視しておく以外にはないということになります。
同じ種類の動物同士でもそうです。特定の魚は、おなじ水槽で飼うとオス同士戦いますから、別々に飼いましょうなのです。
==========
しかし、私は、上記のように動物のように管理監督する必要があるとは思いません。こどもたちは人格を持った一個の人間なのですから、縛り付けられたり、引き離しておくことは人権侵害です。
ですが、もし万一間違いを犯してしまったものがいれば、相当の罪に対して償いをしていただかなくてはいけません。
そうです。いじめた者は、ケツを拭かねばなりません。主たる責任を大半負わねばならないのです。
しかし、未成年ですから更生の余地はあるでしょう。
そのために、制度がきちんと整っているはずです。
刑事相当にならないための「少年院」という制度が。
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結論です。いじめが発覚したら、それに加担したものは全員少年院にぶちこめばいいのです。名前は出さなくてもかまいません。刑事相当なら検察へ送ってください。
そして、それをマスコミは粛々と報道すればよろしい。
「誰それをいじめていたなんちゃら中学校の少年A・B・Cは少年院へ送られました」
と報道しさえすればいいのです。
教師の指導はとっても簡単です。こどもたちの怪しい動きを発見したら
「少年院へ送ります」
とだけ言えばいいのです。それでいじめはピタッと止まります。
現実的に、「いじめられている側のこどもを転校させる」という措置がたくさん取られていますが、これもいじめられている側だけが実損をこうむっています。
そうです!「いじめている側に院へ移っていただく」措置を取るほうが、理にかなっています。
当たり前のことを当たり前にやりさえすれば、いじめなんてものは根絶できます。
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